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2010/10/01

クライマーズ・ハイ

監督:原田眞人
出演:堤真一/堺雅人/遠藤憲一/田口トモロヲ/堀部圭亮/中村育二/螢雪次朗/でんでん/矢島健一/樋渡真司/皆川猿時/尾野真千子/滝藤賢一/矢柴俊博/金子和/マギー/村岡希美/野波麻帆/西田尚美/小澤征悦/髙嶋政宏/山﨑努

30点満点中19点=監4/話4/出5/芸3/技3

【日航機墜落を追う地方紙の記者たち】
 群馬の地元紙「北関東新聞」の悠木が親友・安西と衝立岩へのアタックに向かうはずだった1985年8月12日、日航機が消息を絶ったとの一報が入った。後に県南部の山中に墜落したことが判明、乗員乗客520名死亡という史上最大の航空機事故となったこの惨事にあたり、悠木は全権デスクを任される。過去の栄光にすがる上司や悠木の生い立ちに関わりを持つ社長、販売部などの干渉を受けながら紙面をまとめる悠木ら編集部だったが……。
(2008年 日本)

【ベクトルの力を感じる】
 日航機墜落事故を取り上げながらも、それはどちらかといえば“題材”に押しとどめ、あくまで地方の新聞社で働く人々の様子を追うことに徹する。
 だから、これは何かといえば、「新聞作り映画」である。

 いきなり前触れもなく重大なニュースが飛び込んでくる。通信社からの速報が淡々と流れる。記者たちも時間が来れば帰宅するし、戦場といえる作業の渦中にあってもヒマがあれば茶やビールを飲み、談笑し、パイを握る。
 編集と販売・広告の衝突など戦う相手を間違えた社内の勢力争い、東京の全国紙に見下されている地方紙、現場主義、「チェック、ダブルチェック」の原則。揉み消しもすればズルもする。綺麗ごとばかりじゃない環境下で苦闘する、名ばかりの全権デスク。
 物語の大半を編集局内で進め、寄り道せず、日常・光景としての新聞編集局を質量豊かに綴っていく。

 そこで動く“ザ・主役”とでもいうべき悠木=堤真一の重心の低さ。彼と真っ向からぶつかり、ぶつかることで生まれる信頼関係と、信頼があるからこそぶつかれるという事実を感じさせる等々力部長役・遠藤憲一。
 県警キャップ・佐山の堺雅人と地域報道班の尾野真千子は「現場を走る記者」をまっとうし、滝藤賢一の神沢はそこで壊れていく。
 サポート役を担うのは、政治部・田口トモロヲ、社会部・堀部圭亮という落ち着きとインテリジェンスと不満とを持つ面々。局長・中村育二は乱れることなく全体のバランスを取ろうとし、整理部長でんでんは記事作りの空気を大切に守ろうとする。

 支配というフィルターを通すことで嫉妬心を優越感にすりかえようとする社長・山﨑努と、追村次長・螢雪次朗も、その屈折の向こうに、劣等感や、実は悠木を評価していること、「デキる者を否定するという新聞社内での自分の役割」への認識などがうかがえて出色。憎々しい販売局長・皆川猿時にも、絶対に配達を遅れさせないという使命感があるはずだ。

 駆けずり回っているのは、佐山、玉置、神沢の3人だけというのはやや不満だが、各人物のキャラクター造形と配置、役者たちの演技は実に上質で、アンサンブル賞があれば間違いなく獲得できるであろうクォリティ。
 もちろん撮る側も彼らのすべてを捉えるべく働き、何かナメ、表情、舞台全景など絵はバリエーションに富み、綺麗にカッコよくうつそうという意志も見え、潜り込むカメラワーク、手ぶれ、短く重ねるカットなどで臨場感と緊迫感を創出する。

 全編に「これを『新聞作り映画』にするんだ」という決意がみなぎっていて、あるいは「仕事をしている人」へのリスペクトが感じられて、プロフェッショナルを描いたプロフェッショナルによる映画、との雰囲気があふれ出してくる。こんな職場(編集部および撮影現場)で働けるのは、職業人としてきっと幸せなことであるはずだ。
 1つの特殊な職業を中心に据えながら、「その映画の登場人物が、その職業でなければならない意味」を曖昧にしてしまう作品が多い中、この映画の持つ“ベクトルの力”は、相当なものだと思う。

 もう1つの柱として用意されているのが、登山。未踏の地へ踏み込んでいくだけでなく、ルールやセオリーを守りながら先人が残したルートを頼って頂を目指すことも山登りであるのだと描かれる。それは、編集局の様子とオーバーラップする。
 親や先人を、あるいは自分より優れた子を越えるため、その親や先人や子が進んだ道を誤ることなく辿り、そのうえで“自分だけが成し得る仕事”へと到達することの難しさを痛感させられる内容となっているのだ。
 安西の息子・燐太郎(小澤征悦)については多くは語られないが、彼はかつて悠木を「おじさん」と呼び、いまは「悠木さん」と呼ぶ。恐らく、越えることの難しさを克服した人物なのだろう。だから自信を持って悠木と、対等の人間として向かい合うことができるのだ。

 そうしたテーマ性から作りにいたるまで、随所に重さや分厚さや格というものを感じられる力作である。

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