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2010/11/02

扉をたたく人

監督:トーマス・マッカーシー
出演:リチャード・ジェンキンス/ハーズ・スレイマン/ダナイ・グリラ/ヒアム・アッバス/マリアン・セルデス/マギー・ムーア/マイケル・カンプスティ/リチャード・カインド/ツァヒ・モスコヴィッツ/アミール・アリソン

30点満点中19点=監4/話4/出4/芸4/技3

【心を閉ざした大学教授と、不法滞在のカップル】
 ピアニストだった妻を亡くして以来、心を固く閉ざしたままでいるコネチカットの大学教授ウォルター・ヴェイル。望まぬ学会に出席するため、久しぶりにNYのアパートへ戻った彼は、部屋に住み着いていたカップルと遭遇する。シリア出身のタレクは『ジャンベ』と呼ばれるアフリカン・ドラムの奏者、セネガル出身のゼイナブは路上でアクセサリー売り。彼らと部屋をシェアすることにしたウォルターだったが、ある出来事が起こって……。
(2007年 アメリカ)

★ネタバレを含みます★

【そのビートは生きる証】
 不法滞在者でも堂々と携帯電話を使用することはできる。だが、国籍を超えて自由に周囲との関係を築き上げることは許されない。そんな世界が、ここにある。立場がほとんど同じでも、ある者は助かり、ある者はわずかなキッカケで平穏を手放さざるを得なくなる、そんな世界がある。

 人道主義、ヒステリー、国防、経済的側面……。歓迎と排斥の当事者や世論が持つ感情・事情はいろいろとあるだろう。さまざまなことが複雑に絡み合っていることは想像できる。
 が、いずれにせよ“歪んだ社会”であることは明らか。そして、その社会と作品全編を覆う空気は、無力感と悔恨に満ちている。

 まずはウォルターの孤独、冷たさ、無気力が淡々と描かれる。愛する人を喪った身なら、無理もない。カンファレンスを終えてもネームプレートを胸から外さない彼の姿に「そうしていないと何者でもない自分」に対する恐れが見える。普通の人に話しても理解してもらえないという彼の仕事は「誰の役にも立っていない自分」を認識させる残酷なアイテムだ。

 とはいえ、そんな自分にウォルター自身も満足はしていないはず。彼は、いちどやめてから行動する、という動きを何度も見せる。恐らくは妻の生前に「やらずに後悔したこと」がたくさんあったのだろう。悔恨だらけの自分自身を、なんとか奮い立たせようと懸命なのだ。

 やがてウォルターは、硬いながらも笑顔を見せるようになる。他人のために奔走するようになる。そこには人懐っこいタレクのキャラクターや、ウォルターが抱く悔恨も理由としてあっただろうが、より鮮明なツールとして用意されているのが、音楽だ。
 もちろん、ベートーベンだって悪くはない。だが彼は、Fela Kutiに代表される“ビート”に、より強く心を動かされる。
 ビートとは、すなわち鼓動。生きていることの証。
 シンプルな音楽が、他者との関わり、もっといえば「付き合いたい人と自由に付き合うことで解放される自分」とイコールで結ばれる。つまり「生きる」ということは、誰かとともにいることなのだと、ウォルターは気づくのである(セントラルパークでのセッションシーンに登場する人たちは、実際にここで演奏しているミュージシャンのようだ)。

 ひとりの老教授の心の動きを、静かに、けれど熱く演じ切ったリチャード・ジェンキンスが素晴らしい(アカデミー賞にノミネートされたほか、数多くの主演男優賞を受賞)。
 調べれば、『Shall we Dance?』『ディック&ジェーン』『スタンドアップ』『キングダム/見えざる敵』などで観ているはずだけれど、まるで記憶になくて、『ブロークン』の父親役がやっと「そういえば……」と思う程度。それだけ、どこにでもいそうな人物を自然と演じられる役者さんということなのだろう。
 ゼイナブやモーナからの手紙をガラス越しにタレクに読ませる際、文面を見ないよう顔を背ける様が、いい。他者との関わりは大切だが、誰にでも、その人たちだけの、守りたい世界がある。そういうウォルターの価値観や、かつて妻と築いていたであろう関係を感じさせる場面だ。

 タレク役ハーズ・スレイマン、ゼイナブのダナイ・グリラ、モーナを演じたヒアム・アッバスらもいいが、むしろ、スレイマンは実際にはレバノン出身、グリラは両親がジンバブエの生まれ、モーナはイスラエルと、いずれも「役とは異なる出自」を持ち、それでも役柄に説得力を感じるという点に意味があるのではないか。
 つまり、僕らは“いっしょくた”にしてしまっているのだ。作中でも述べられている通り、いわゆる自由世界に住む多くの人は、アラブやアフリカ諸国それぞれの違いなどまるで認識していない。認識しないままで事にあたろうとする無謀さとともに生きている。
 9・11以後に作られた映画は“無理解という罪”をしばしば感じさせるが、このキャスティングも、そこに通じるものだろう。

 本作でインディペンデント・スピリット賞の監督賞を受賞した監督のトーマス・マッカーシーは『グッドナイト&グッドラック』『オール・ザ・キングスメン』『父親たちの星条旗』『ラブリーボーン』などに出演。また『カールじいさんの空飛ぶ家』では原案としてクレジットされていて、クリエイターとしての才能にも恵まれている人物のようだ。

 役者出身らしく俳優たちの演技を大切にした撮りかただが、心を騒がせる上手さも持っている。
 たとえばウォルターが駅にひとり取り残される場面。タレクから託されたジャンベは観客に見えない位置(柱の陰)に置かれて、不安を誘う。弁護士がなかなか登場しないのも、同じ機能を持つ手法だ。

 そしてなにより強烈なのが、ラストカット。掻き消される鼓動が、とてつもなく哀しい。作品の持つテーマを印象づける“締め”である。

 「ハビティ=愛しい人」のひとことで、すべての世界が相互理解によって結ばれる日は、まだ遠いのかも知れない。

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