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2010/11/05

瞳の奥の秘密

監督:フアン・ホセ・カンパネラ
出演:リカルド・ダリン/ソレダ・ビジャミル/パブロ・ラゴ/ハビエル・ゴディーノ/ギレルモ・フランチェラ/カルラ・ケベド/アレハンドロ・アベレンダ/ホセ・ルイス・ジョイア/マリアーノ・アルジェント

30点満点中20点=監4/話4/出4/芸4/技4

【別れ、執念、愛、想い出】
 裁判所を退職したベンハミン・エスポシトは、かつて関わった殺人事件を題材に小説を書き始め、当時の上司で今も現役を続ける検事イレーネのもとを訪ねる。ともに捜査を進めた部下のパブロ、犠牲者である若き女教師リリアナ、その夫リカルド、容疑者イシドロ、そして、まだ若かったベンハミンとイレーネ……。公式には解決したはずのその事件の裏には、彼らだけが抱えるある想いが眠っており、それは25年たった現在も息づいていた。
(2009年 アルゼンチン/スペイン)

★ややネタバレを含みます★

【これこそが映画、これこそが愛】
 本作を観ると、映画ってただ流れを追い、通りいっぺんの芝居を撮るだけでは決して作れないのだということが、よくわかる。
 ベンハミン役リカルド・ダリン、イレーネ役ソレダ・ビジャミル、リカルド役パブロ・ラゴ、イシドロ役ハビエル・ゴディーノ、パブロ役ギレルモ・フランチェラの“想い”をしっかりと、絶妙の間(ま)とサイズで捉えていて、ああそうか、こうやって事件と人間とを描いていくことこそが、出来事の裏にあるものや人物が抱える心情を余さずフィルムへ刻み込もうとすることこそが、すなわち映画なのだと気づかされる。

 事件に対する熱を抱えながらも、あくまで傍観者の立場を貫こうという公人としての節度の現れか、ベンハミンやイレーネはたびたび画面の奥に配される。それは、心の奥には何かがある、ということの証左でもある。
 サッカー場での渾身の1カット長回し、イシドロを取調べる際のイレーネの“気づき”、緊迫のエレベーター、扉の開け閉めによって示される“秘密と決意”……。いずれも映画的なパワーと語りの上手さ(映画だからこそ可能な表現)を感じさせるシーン。いっぽうで、モノや行動の意味をわかりやすく提示する親切さもある。
 この作品を「映画」にするのだという気概に満ちていて、実に濃密だ。

 パーツの確かさが、さらに本作の格を上げている。
 美術はベンハミンらの雑然としたオフィスを雰囲気たっぷりに作り出し、サントラは人物それぞれのテーマをフィーチャーして絵を支え、メイクは各人の若かりし頃と現代とを違和感なくつなげる。室内のシーンが多く、また人物の表情アップも頻出するのだが、それでもチマチマ窮屈なイメージを残さないのは、光の使いかたやサイズの扱いが上手いせいだろう。
 とりわけ印象的なのは、音。その場のノイズを細やかに拾い上げて空気感を作り出し、次のシーンの音を前のシーンに乗っけて遷移をスムーズにし、時おりイビツな生活音を強く打ち出して世界の歪みまでも表現してしまう。

 その「音」を操りながら自在に時空を行き来する構成も見事。シリアスとユーモアとのバランスを取りながら、タイプライターや写真といったアイテム、あるいは個々のキャラクター、1つ1つの出来事が次の展開にちゃんと生かされるシナリオとなっていて、物語の大枠とディテールが一体となって興味深いストーリーを作り出している。

 トータルとして素晴らしい作り。監督は主にTVドラマ畑を歩んでいる人のようだが、名作『HOUSE』のメガホンを取っており(シーズン3の第12話「同室のよしみ」やシーズン4の第6話「極秘ミッション」など)、それだけの腕とセンスを持っている、ということなのだろう。

 さて、恐らくは「やったこと、やらなかったことは正しかったのか」という深い悩みと悔恨で25年を過ごしてきた、彼ら。
 誰にも救いは用意されていないと思わせておいて、最後には「過去に囚われていては、未来は消えてしまう」、「おこないのすべて、おこなわれなかったことのすべて、その源にあるのは、愛」という大テーマへと温かく帰結させるのも、憎らしい限り。

 作り的にも素晴らしく、お話的としてもいい(いや、許されざる行為もあるし癒えぬ哀しみも残るのだけれど)。良作に出会えたと感じられる1本である。

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