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2011/02/05

マン・オン・ワイヤー

監督:ジェームズ・マーシュ

30点満点中16点=監3/話4/出3/芸3/技3

【その高みに挑む男】
 1973年のNY、ワールドトレードセンターが落成の日を迎える。ツインタワーの完成を心待ちにしていたのは、フランスの綱渡り師、フィリップ・プティ。若い頃に超高層ビルの記事を読んで以来、彼は世界一高い場所での綱渡りを夢見ていた。幼馴染や恋人を巻き込み、まだ工事の続くツインタワーへ下見のために潜り込み、協力者を確保し、手順を練り……。2つのビルをワイヤーで結び、歩いて渡るという壮大な計画がスタートする。
(2008年 イギリス/アメリカ)

【個人ではなく、人類としての挑戦と代償】
 2008年、長編ドキュメンタリー部門のオスカー受賞作。
 ありがちな関係者インタビューと、膨大な量が残されていたらしい当時の映像をふんだんに使用。さらに、この手の作品では珍しく再現ドラマを相当量挿入した点が映画としての特徴・工夫だ。
 またマイケル・ナイマンやエリック・サティの音楽が、「珍妙なヨーロッパ人がアメリカで巻き起こした事件」というイメージを上手に増幅させている。

 が、その仕組みや作り以上に重要視されたのは、舞台となったのがワールドトレードセンター(WTC)だという事実じゃないだろうか。
 印象的だったのはフィリップに“してやられた”側のガイ・トゾーリ(ビルの設計に参加した技術者のひとりで、WTC連合理事長)が、なんとも楽しそうに当時を振り返る様子。またフィリップを逮捕した警官が、なにか畏敬の念のようなものをこめて彼について語るシーンもある。
 カンカンに怒っていい人たちが、この事件とフィリップとを喜ばしいものとして受け止めているのだ。

 超高層ビルの実現と、それを人力で征服してやろうという冒険。それはまさしく、人類のチャレンジング・スピリットの現れだ。そんな明るい色で、このビルにまとわりつく悲劇の空気を上塗りしようとした、と感じられるのである。

 さて、痛感させられるのは、たとえ無謀な冒険であろうと(いや無謀な冒険だからこそか)、準備は大切だということ。慎重の上にも慎重を重ねて、やっとチャレンジは実現へと至る。
 ただし、どれほど綿密な計算を立てようと、本番では狂いやアクシデントが生じる。いざとなって怖気づくヤツも出てくる。そこで計画を本来あるべき結末へと導くのは、文字通り「とりあえず一歩進んでみる」ことなんだということもわかる。

 そして、ひょっとすると“人が一生のうちに手にできるもの”は限られていて、だから大きなチャレンジを成功させた者は、その代償として別の大きなモノを失うのだ、ということを匂わせる、フィリップの親友ジャン・フランソワの涙。
 そのメッセージはWTC(というかアメリカ)そのものに向けられているようにも思えて、ただ「無謀な綱渡りを成功させた男の映画」以上の意味合いを本作に与えているような気がする。
 人生はエッジを歩いてこそ価値がある。フィリップのその言葉も、どんなエッジを誰と歩くのか、人生の価値というものをどこに置くのか、綱の上だけがエッジなのか……と、考えさせるものだ。

 ちなみに、現在もっとも有名な“無茶な冒険家”といえばスパイダーマンとして知られるアラン・ロベール。こいつもフランス人だ。ったく、フランスには高いところへ上りたくなる遺伝子が受け継がれているのか。
 が、アランよりも早く「人力でビルの外壁をよじ登る男」として有名になったのが、アメリカ人フリークライマーのダン・グッドウィン。
 彼もまたWTCにトライ(1983年)し、その頂上近くに戦死者を悼むための星条旗を掲げた。私にとってのヒーローのひとりだ。
 たぶんアメリカ人も日本人も、すべての人類が、高いところへ上りたくなる、もとい、何かにチャレンジしたくなる遺伝子を持っているのだろう。結果として別の何かを失うことになるとしても。

 ま、絶対にフィリップやダンの真似をしようなんて思わないけれど。

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