デュプリシティ~スパイは、スパイに嘘をつく~
監督:トニー・ギルロイ
出演:ジュリア・ロバーツ/クライヴ・オーウェン/トム・ウィルキンソン/ポール・ジアマッティ/デニス・オヘア/キャスリーン・チャルファント/トーマス・マッカーシー/ウェイン・デュヴァル/リック・ワーシー/オレグ・シュテファンコ/ダン・デイリー/キャリー・プレストン/クリストファー・デンハム
30点満点中19点=監3/話4/出4/芸4/技4
【スパイとスパイの恋と騙しあい】
総合化学企業エクイクロム社にスパイとして雇われた元CIAのクレア・ステインウィック。いまはライバルのB&R社に潜入中、彼女との連絡役を務めることになったのは、元MI6のレイ・コヴァルだ。B&R社が市場を揺るがす新製品を準備していると知ったエクイクロムの諜報チームは、その詳細を手に入れようとする。かねてから腐れ縁の仲であるクレアとレイの、たがいに愛し、けれど疑い騙しあう関係は、計画の中でどう動くのか?。
(2009年 アメリカ/ドイツ)
★ネタバレを含みます★
【恋のゴタゴタ+シビアな諜報戦】
間違いなくトニー・ギルロイは、現代を代表する映画クリエイターのひとり。しかも思った以上に引き出しの容量は大きいようで、衝撃の『ディアボロス/悪魔の扉』やアクション全開の『ボーン・シリーズ』、硬派な『フィクサー』とはちょっと路線を変えて、今回はクスクスっ、ニヤっ、と、大人の笑いを提供してくれる。
新製品はマクガフィン的な扱いで、ある意味、観客にとってはどうでもいいこと。たかだか「仲の良くないライバル企業のいがみあい」を、あまりに大袈裟に描くことでもたらされるクスリ。
そして、どんなに出来事がスリリングでも、あくまで物語の軸となるのはクレアとレイの痴話喧嘩、というニヤリ。
その主演ふたりの動かしかたがいい。
クレア=ジュリア・ロバーツは、任務にあたる堅い顔も戸惑いも、ベッドに横たわる可愛らしさも自在に使い分けてチャーミング。女優としての多彩なキャリアがそのまんま、この「ホントの気持ちがどこにあるのか判別できない」というクレアのキャラクターにハマっている。尋問シーンの、感情を表に出さないよう努めていることがバレバレの、わかりやすいイライラとジェラシーが素敵だ。
レイ=クライヴ・オーウェンも、ぬぼぉっとしているけれど実はデキる、でも自分でコトを動かすというより巻き込まれる側、という生来のイメージが生かされている。そこに、ちょっとマヌケで、ちょっと焦っている人間臭さも上手にプラス。この下着は誰のものかとクレアに詰め寄られるシーンでチラリと見せる「否定しといてよかったぁ~」という表情がツボ。
クレアとレイに振り回される(または振り回す)周辺キャラクターも、なかなかの顔ぶれ。
ポール・ジアマッティは、なんでもかんでも自分の思い通りになると信じて疑わない小者ぶりが、実に上手い。とりわけクライマックスの演説シーンが上等だ。対するB&Rの社長を、堅物で鈍重な雰囲気もあるトム・ウィルキンソンが演じることで“オチ”も生きている。
そのほか、デニス・オヘアもトーマス・マッカーシーもウェイン・デュヴァルも、そこにいて不思議じゃない人々。レイにたぶらかされる女子社員バーバラ役キャリー・プレストンの、浮かれっぷりと「クレアの心を逆なでするさま」も印象的だ。
クレアとレイも含めて、誰もが自分の仕事を真面目に遂行している。それによって、しっかりとスパイ映画になっている。B&R社の新製品に関する情報の入手にかかわる顛末を、スリリングに、リアルに、または「よーわからんけれどタイヘン」という空気感たっぷりに描き出す。ストレートな諜報戦映画として観ても十分にワクワクできる仕上がりだろう。
またクレアとレイの“恋”の不安を際立たせるようにふたりを画面の端へ置いてみたり、あるいは“仕事”の不安をかき立てるように陰影たっぷりの絵を作ってみたりと、格のある映画も目指している。
そうやって、シビアな諜報戦+恋のゴタゴタという化学反応を、上手に成立させてみせた手際に痺れる。この部分では、ジャズとトロピカルと欧州情緒とを複雑に絡み合わせた、ジェームズ・ニュートン・ハワードによる音楽が果たしている役割も大きそうだ。
さて、結局のところ“ヤられてしまった”クレアとレイ。ふたりはこれから何度も「ローマで目が覚める」ことだろう。つまりは、あれが夢だったらいいのに、あそこからやりなおせればいいのに、という思いを抱いて生きていくのだ。
でも、愛しあう男と女って、たとえスパイでなくとも、そういうものだろう。もう蒸し返したくはない、ちょっとした失敗やウソに心を乱されながら歩んでいくものなのだ。それにふたりは、完全にすべてを失ったわけではなく、これまで持ち得なかった“信頼”を手にすることができたはず。
オチは「あ、やっぱりそういうことね」的な内容を、ちょっと強引に描写してしまった印象がある。けれどそれがあまり気にならず、むしろ「負けた人たちの清々しさ」を感じることのできる、上手な映画である。
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