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2011/03/20

PARIS

監督:セドリック・クラピッシュ
出演:ジュリエット・ビノシュ/ロマン・デュリス/アルベール・デュポンテル/ジル・ルルーシュ/ジュリー・フェリエール/カリン・ヴィアール/ファブリス・ルキーニ/メラニー・ロラン/フランソワ・クリュゼ/オドレイ・マルネ/キングスレイ・クム・アバン/ハビエル・ロビック/ジュディス・エルゼイン

30点満点中17点=監4/話2/出4/芸3/技4

【パリに暮らす人々の物語】
 重い心臓病を患い、アパートから外を眺めるだけの日々を過ごす元ダンサーのピエール。彼の面倒を見るべく子どもたちとやって来たのは姉で社会福祉士のエリーズ。彼女が通う市場では、ジャンやカロリーヌ、フランキーらが働き、パン屋の女主人はいつもイライラ。歴史学者ロランはピエールの向かいに住む女学生レティシアに熱を上げ、ロランの弟フィリップは「普通」について悩んでいる。パリの街には、いろいろな人が暮らしていた。
(2008年 フランス)

【いろいろな人の、いろいろな生】
 オープニング・クレジットではパリの街をバックに、ワラワラとスタッフの名前が浮かんでは消える。いろいろな人がここで暮らしていることを示すかのようだ。
 音楽も、ローズマリー・クルーニー、「ダンス天国」、民族音楽風のアレンジにサティにR&R。多種多彩なメロディで人や社会の“いろいろ性”を意識させる。

 画面は、各人物の姿をアーティスティックに切り取りながら、そこには必ず奥と手前、近くと遠く、昔と今、過去と現代、生と死……といったモノゴトの両端が配置される。すべてが立体的に重なって世界は創られている。
 人の流れを追うようなカメラワークもあり、ポンと飛ぶ緩急のリズムも感じる。それもまた、人生における時間と空間の流れ・連続性と不連続性とを表現するものだろう。

 そうやって、いろいろな人の、いろいろな生と死を、静かに、大人しく、時にはユーモラスに描いていく映画だ。

 ただ、シングル・マザー、未来を悲観する病人、学者、現代的な価値観を持つ学生、元夫婦、不法入国者、モデルなど、登場する人物像や人種のバリエーションは多いけれど、どれもフランスという「もともと日本人とは考えかたが根底から違う人たち」の暮らす国での出来事。加えて、描写の配分バランスがかなりエリーズ&ピエールの姉弟とロランに偏っている。
 そのため、誰かの悲しみや喜びが強烈に迫ってくることはないし、意外性や人間についての新しい発見にも乏しく、テーマである“いろいろ性”も十分に創出できているとはいいがたい。
 また、トゥール・モンパルナスやエッフェル塔やサクレ・クール寺院やパリの街並を登場させながら、観光映画的な(行ってみたいなと思わせる)魅力があるとも感じられない。

 いわば、何人かのパリ住民の周囲をふんわりと切り取っただけの映画。そのことに歯がゆさは感じるものの、流れている空気は心地よく、前述の通りの立体的な絵づくりも美しい。タフさを覆い隠したロマン・デュリス、老年の哀切を湛えるファブリス・ルキーニ、美貌のメラニー・ロランらの存在感やお芝居もなかなかのものだ。

 ほとんど知らない街に迷い込み、ほとんど背景を知らない人たちの生活にちょっと踏み込んで、彼らの不安と心の浮き沈みを覗き見る、そんなタイプの映画である。

 ちなみに個人的なパリの印象にもっとも近い人物は、パン屋の女主人。ホントは悪い人ではないんだけれど、自分勝手な軽めの価値観・先入観を平気で身にまとい、他人が傷ついたり不快になったりすることなどお構いナシ。こういう生きかたって、日本ではほとんど見られない。いや、日本でもオバハンってそうなのかな。
 たぶん、こういう人をサラリと受け流したり真っ向から対峙したりできるパワーや知恵は、まさに“いろいろ性”にあふれた世界でこそ身につけられるものだと思う。

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