英国王のスピーチ
監督:トム・フーパー
出演:コリン・ファース/ジェフリー・ラッシュ/ヘレナ・ボナム=カーター/ガイ・ピアース/ジェニファー・イーリー/マイケル・ガンボン/デレク・ジャコビ/ティモシー・スポール/アンソニー・アンドリュース/ロジャー・パロット/クレア・ブルーム/イヴ・ベスト/フレヤ・ウィルソン/ラモーナ・マルケス/ドミニク・アップルワイト/カラム・ギティンズ/ベン・ウィムセット
30点満点中19点=監4/話3/出4/芸4/技4
【吃音の英国王、マイクの前に立つ】
1930年代のイギリス。戦争の足音が近づく中、英国王ジョージ5世の次男であるアルバートにも民衆の前で演説する機会が増えつつあった。が、彼は幼少の頃から吃音に悩まされており、何人もの医師に診てもらったもののいまだ克服できずにいる。妻エリザベスが見つけたのは、オーストラリア人の言語聴覚士ライオネル・ローグ。アルバートを気安くバーティと呼ぶなど破天荒なライオネルのもと、アルバートは訓練を続けるのだが……。
(2010年 イギリス/オーストラリア/アメリカ)
【人物に対する理解】
トム・フーパー監督作の『レッド・ダスト』および『くたばれ!ユナイテッド -サッカー万歳!-』に対する感想は以下の通り。
必要なことをきっちり画面の中へ収める手堅い演出で、“その場感”を重視し、密度も高い。人物を周辺や背景込みで捉える撮りかたが、各人の置かれている状況、焦りや苛立ちや不安を増長していく。
本作も同様だ。
スピーチを聴いてちょっとガッカリしている民衆の絵をジャストのタイミングで挟み、これでもかと場の音を拾って臨場感を高め、霧や雪や湿り気あるホコリや差し込む光で空気感を漂わせ、オリジナルスコアやモーツァルトやベートーベンでシーンにアクセントを与え、細部まで凝った美術と衣装で作品としての濃さを作り出し、画面の中心からズラした人物配置で心情の揺れや緊迫感を表現し……。
要は全編に渡って、格のある、手抜きのない、「こう作ろう」という意志にあふれた仕上がりとなっている。
それは出演陣にもいえること。
コリン・ファースは、なるほどオスカーにふさわしい。賞を狙いやすい役柄ではあるだろうが、下手な装飾なく誠実に演じていることがわかるし、なにより観ている(聴いている)側に、自然とハラハラや共感を与えているのだから、もうそれだけで立派。吃音の台詞回しだけでなく、気品と弱さを感じさせる歩きかたもまたいい。
ジェフリー・ラッシュは、これでも意外と“控え目”じゃないだろうか。さすがに「オーストラリア訛りを懸命に抑える英語」かどうかまでは聴き分けられないけれど、恐らくそういう地味な部分から役作りを始めていて、感情の起伏をあまり表に出さない方向で、上手にコリン・ファースを引き立てているような印象だ。
ヘレナ・ボナム=カーターは、実はホンモノのお嬢さんらしい。これまでハスっぱだったりエキセントリックだったりする役しか観てこなかったけれど、こういう「ちょっと上から」の役柄にフィットするのも納得。
で、『くたばれ!ユナイテッド』と比べて明らかに向上しているのがシナリオとその処理。脚本家デヴィッド・サイドラーも吃音に悩まされているらしいが、だからといってアルバートの心情を必要以上に内向きに描こうとはしていない。外から与えられるプレッシャー、あるいは対峙する人物や出来事によって彼を追い詰めていき、この短気で愛すべき王への感情移入を誘うという方法論が面白い。
当然ながらクライマックスは、なんやかんやあった後でのスピーチだ。当時の英国民がどこまでジョージ6世の人となりを知っていたかはわからないが、少なくとも本作の観客は彼の行為と心に触れたうえで、この演説を聴くことになる。
単に作劇上のクライマックスというより、国を率いる者はその生きざまを民衆に見せなければならず、まず人物に対する民衆の理解があってはじめて言葉も意味を持ち聴く者の心にも届く(どこかの国の首長にも感じて欲しいところである)、ということを感じられる構成だ。
さて、その「人物に対する理解」こそがテーマなのだろう。
歴史的大事件とパーソナルな出来事を結びつけるという、昨今よく見られる物語であるわけだが、ただ大事件や王ならではの境遇だけでなく、幼少時の体験や家族との関係(アルバートが戸惑いながらもふたりの娘におとぎ話を聞かせる場面と、冷静にけれど温かく父王にダメ出しをするエンディング近くのエリザベス、この2つのシーンに特に大きな愛を感じる)など、あらゆることから影響を受けてジョージ6世というひとりの人物が作られる。
あるいは演劇や戦争体験やオーストラリア出身という事実がライオネル・ローグという人物を作り上げる。
つまりは、さまざまなことが外的要因として積み重なることで「人物が生まれる」のであり、そして、結果として生まれた「数多くの欠点を持つ存在としての人物」をどこか別の場所(それが好ましい方向かどうかは定かではないが)へ導くのは、まさに人物と人物の関わりである、そんな、人の世の成り立ちに対する理解を促す映画のように思える。
王様よく頑張ったね、ライオネルも頑張ったね、ではなく、すべての人を包んでいる「あなたという人物はこうして生まれ、こうして変化する」という真理を知らせる映画なんじゃないだろうか。
個人的好みとしては、もう一歩“鮮やかさ”や驚きのようなものが欲しかったとも思うけれど、スキのない仕上がりと演技、よくまとめられたお話とメッセージ性など、トータル・パッケージとしての映画の楽しさは味わえる作品といえるだろう。
●主なスタッフ
撮影は『0:34』や『パイレーツ・ロック』のダニー・コーエン、編集は『グッド・シェパード』や『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』のタリク・アンウォー。
サウンドチームは『くたばれ!ユナイテッド』、『ジェネレーション・キル』のリー・ウォルポールや、『エピソードI』、『ハリー・ポッター』シリーズのジョン・ミッドグレイら。
プロダクションデザインは『ヴェラ・ドレイク』や『恋愛上手になるために』のイヴ・スチュワート、衣装デザインは『シャーロック・ホームズ』や『カサノバ』のジェニー・ビーヴァン、音楽は『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』や『記憶の棘』などのアレクサンドル・デスプラ。
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