ブラック・スワン
監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:ナタリー・ポートマン/ミラ・クニス/ヴァンサン・カッセル/バーバラ・ハーシー/ベンジャミン・ミルピエ/クセニア・ソロ/クリスティーナ・アナパウ/ジャネット・モンゴメリー/セバスチャン・スタン/トビー・ヘミングウェイ/ウィノナ・ライダー
30点満点中19点=監4/話3/出4/芸4/技4
【ホワイト・スワンとブラック・スワン。それは狂気への道】
NY、過保護気味の母と暮らすニナ・セイヤーズ。彼女が所属するバレエ団では長年中心的プリマを務めてきたベスが降ろされ、新スタートの第一弾として『白鳥の湖』が上演されることとなる。振付け師トーマス・ルロイが主役に抜擢したのはニナ。だが、正確さ重視、生真面目で臆病な彼女にホワイト・スワンは美しく踊れても、妖艶なブラック・スワンは荷が重い。やがて母やルロイ、同僚リリーの想いや幻覚が彼女を襲い始めるのだった。
(2010年 アメリカ)
★ネタバレを含みます★
【ムービー・オブ・ダンサー】
想像以上にシンプルな映画。というか、プロフェッショナルのメンタル的・スキル的・フィジカル的な苦悩に、家族や恋愛を絡め、出来事ではなく人物を、淡々と、かつ執拗に描く作風は、まんま『レスラー』と同じで、さながら女版『レスラー』といった趣だ。
作りも『レスラー』に似ていて、カメラは主人公の直近、まとわりつくように動き(クライマックスのステージ本番でも、客席からではなくニナの側からの視点が中心だ)、ひたすら彼女の心理をすくい取っていく。
加えて、揺れながらニナを追っかけたり明滅の中で躍らせたり狭い部屋の中で望遠を用いたり、幻惑的で眩暈すら誘うような撮りかた。左右前後に立体的な広がりを示すサウンドメイク、ブラック・スワンを象徴する羽ばたきとも囁きともつかぬSE、行為とファンシーな部屋との落差などでも、衝撃と“居心地の悪さ”を与える。
ストーリーとしても、ニナとホワイト・スワンの立場のリンク、トゥシューズのカスタマイズといったバックステージ、母による束縛、狂気などを盛り込んで「へぇ」と「うぐっ」を散らしてある。
つまりは作りと物語の両面において、違和感を与えることと感情移入の促進とを同時に試みているような仕上がり。カオスは、映画への没入を誘うと同時に「でも、あなた(観客)には、とうてい理解できない心理」と告げる働きを持つ。
その違和感と感情移入に関して、やはり大きな力を発揮しているのが主演ナタリー・ポートマンの芝居。ダンス(プロが見れば「まだまだ」なんだろうけれど)の特訓や肉体改造によって鮮やかにダンサーへと変貌しつつ、高いトーンと甘さのある口調でいつも以上に“お嬢様っぽさ”も出し、かと思えば焦りも狂いも苦しみも達成感も自在に表現する。突然結婚なんかしなかったら、もうちょっと点を上げたいところ。
前述の通りカメラは彼女の様子を間近からズボっと捉えていて、もうこれで獲れなきゃいつオスカー獲るのよという力演+撮りかたである。
これまた白黒自在にキーパーソンであるリリーを演じたミラ・クニス、あれだけの美貌をいつの間にか“夢に敗れたやつれ”へと変えていたバーバラ・ハーシーもいい。
で、冒頭に述べたシンプルという感想に戻ろう。
幻影、あり得ない肉体の変化、慣れない行為といったオモワセブリックな描写は、単純に「プレッシャーとストレスゆえの負のZONE」と捉えることが可能だ。やがてストーリー/テーマは、それらを一切合財乗り越えて、または自分の前に立ちふさがる自分自身を破壊して、ニナはホワイト・スワン&ブラック・スワンを“演じる”のではなくホワイト・スワン&ブラック・スワンに“なる”のだ、というところへ着地する。
要するに、あるバレエ・ダンサーに降りかかった悲劇ではなく、バレエ・ダンサー(それ以外の職業アーティストやスポーツ選手にも通じるだろう)そのものを描いた作品。それゆえシンプルだと感じるのだ。
もちろん「チャンスがそのまま苦境」という立場に置かれたひとりのダンサーを、ヒリヒリした空気感とともに、倒錯やその果てのエロティシズムも交えながら描き切った監督と主演女優は、しっかりと讃えたい。
例によってwikipediaで調べてみると、『白鳥の湖』には「王子とオデットがともに死んでしまう」というパターンと「オデットにかけられた魔法が解けて王子と幸せに暮らす」というパターン、2タイプのエンディングがあるらしい。が、本作が見せるのは「絶望したオデットだけが死ぬ」という新解釈だ。
せめてラストでニナが健全であれば「絶望を超えたところにある希望」という明るさも得られるのだが、現状では、絶望とイコールの位置、あるいは少なくとも紙一重のところに、ようやく“完璧”があるという締め。だとすれば表現者というのは、なんとも報われない存在である。
●主なスタッフ
撮影は『レクイエム・フォー・ドリーム』や『ゴシカ』のマシュー・リバティーク。編集は『ダージリン急行』や『レスラー』のアンドリュー・ワイスブラム。音楽は『レクイエム・フォー・ドリーム』や『ラブ・ダイアリーズ』などのクリント・マンセル。
プロダクションデザインは『ダーク・ウォーター』や『マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋』のテレーズ・デプレス。衣装デザインは『レスラー』のエイミー・ウェストコットで、バレエ衣装は竹島由美子。振付けは出演もしているベンジャミン・ミルピエ。
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