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2011/05/11

ザ・デンジャラス・マインド

監督:グレゴリー・J・リード
出演:エディ・レッドメイン/トム・スターリッジ/トニ・コレット/リチャード・ロクスバーグ/パトリック・マラハイド/ジョン・オーヴァートン/アミット・シャー/デヴィッド・スレルフォール/キャスリン・ブラッドショウ/ケイト・メイバリー/ヒュー・サッチス/リーアム・マッケンナ/ブライアン・ロブソン

30点満点中16点=監4/話2/出3/芸4/技3

【ある少年の告白】
 友人ナイジェルを殺害した容疑で逮捕されたアレックス。だが物的な証拠が不十分であったため、マッケンジー警部補は心理学者のサリーに依頼、自白を引き出そうとする。アレックスが語り始めたのは、中世キリスト教にまつわる伝説、寄宿学校での出来事、彼を「ジャック」と呼ぶナイジェルとの関係。やがて、アレックスの親友ジョシュと女生徒スーザンの死や、行方不明となったナイジェルの両親について真相が明らかとなり……。
(2006年 オーストラリア/イギリス)

【サスペンスフルだが、戯言】
 あからさまな、SE的ともいえるBGMで各場面をスリリングに、ショッキングに盛り上げる。ロケーションも上々な、寄宿学校の佇まいと内装。シャープで解像度も高く、青白さを帯びた画面が、そこに漂う暗く沈んだ空気をすくい取っていく。

 演者たちは、一様に視線を大切にした芝居を見せる。会話の途中でスっと目をそらしたり、かすかな戸惑いや怒りや恐怖を瞳に湛えたり。語らずとも表情で心理は暴かれる。とりわけアレックスを等身大に演じたエディ・レッドメインが上質。『グッド・シェパード』『ブーリン家の姉妹』にも出演しており、今後も大きくキャリアを伸ばしていくのだろう。

 そのアレックスの背後にナイジェルが座る教会でのシーン。そうしてジワリとアレックスに影響を与えていくナイジェルの怖さを描く。
 ヒッチコックの『見知らぬ乗客』は「罪を着せる」ことの暗示か。そういう埋め込みも見られる。
 寄宿学校という閉鎖された環境、しかも周囲にいる大人は「彼らを理解せず、あるいは理解したふりをする愚か者」ばかりであり、大義と建前とを混同する俗物ばかり。だから、この事件や彼らの“閉じた心”の発生は仕方なかったともいえる。

 全体として、サスペンスらしさを味わえる作りではあるだろう。

 が、所詮はガキの戯言である。
 聖職者の汚職や堕落に対する民衆運動として興り、後に異端として弾圧されることになったカタリ派。教会の自由を訴えてヘンリー2世と対立し、暗殺されたカンタベリー大司教のトマス・ベケット。そのベケットを描いたテニスンの舞台劇。数多くの伝説に彩られたテンプル騎士団。マラクリア。スペードのジャックのモデルとされるのは、復活の刻を待って眠り続ける英雄オジェ・ル・ダノワである。
 詳しく調べれば、ナイジェルの行動規範へつながる“ネタ”がもっと出てくるだろう。

 でも、それはやはり“ネタ”なんである。歴史の中から宿命を読み取るという、若者(またはガキ)の特権ともいえる心理なんである。
 物語は、ただその戯言に振り回され、取り込まれたアレックスの悔恨に終始して進む。

 アレックスだけが真実を知り、その回想という構造で、しかも彼はまだガキ。よって独白ベースとなり、単調かつ喋りすぎの仕上がり。また「理解しあえない」ことの哀しさや恐怖、そんな中で自然と通じ合える(通じ合ったと勘違いしてしまう)関係の恐怖も、十分に描けているとはいえない。ナイジェルがすべてを終わらせる(または思想を次へとつなぐ)行動に出るのも唐突だ。

 いっそのことホモっぽい雰囲気(直接的な描写はなくていい。アレックスがナイジェルの唇や手の動きをじっと見つめるシーンさえあれば)をもっと盛り込めば、この作品そのものの“ネタ”としての面白味が増したのではないだろうか。なんか竹宮恵子とか萩尾望都っぽくなるけれど。

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