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2011/10/02

キルショット

監督:ジョン・マッデン
出演:ミッキー・ローク/ダイアン・レイン/トーマス・ジェーン/ジョセフ・ゴードン=レヴィット/ロザリオ・ドーソン/ハル・ホルブルック/リチャード・ゼッフィエリ/アルドレッド・モントーヤ/ドン・マクマナス/トム・マッケイマス/ブランドン・マクギボン/インガ・カドラネル/ロイス・スミス

30点満点中18点=監4/話3/出4/芸3/技4

【ふたりの悪党と、男と女】
 仕事の最中に弟を死なせてしまった過去を持つ、殺し屋ブラックバード。ボスの女を知らずに撃ったことから組織に狙われる身となるが、偶然出会ったチンピラのリッチーに弟の面影を見て、彼の拙い恐喝計画を手助けすることになる。計画は失敗に終わり、目撃者である夫婦を始末しなければならなくなったブラックバードとリッチー。その夫婦、離婚の危機に直面していたウェインとカーメンは、ふたりの悪党から何とか逃げようとするが……。
(2008年 アメリカ)

【地味だけれど格があり、味はあるけれど物足りない】
 メガホンは『恋におちたシェイクスピア』『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』のジョン・マッデンで、出演陣もそれなりに豪華。が、本国での公開規模は極めて小さかったようで、評価もイマイチ、興行的にも厳しい結果、日本ではDVDスルー。
 まぁ確かに地味だし、コンパクト。米Wikipediaによると、そもそも10年前からプロジェクトの話はあったとか、当初はサンドラ・ブロック、ジョン・トラボルタ、ヴィゴ・モーテンセン、ジャスティン・ティンバーレイクがキャスティングされていたとか、完成してからも「ややこしい」との理由で主要キャラの登場部分がごっそり削除されたとか、かなり紆余曲折があったようだ。

 でも、地味でドタバタがあった割にはキチっとまとまっているし、格も感じられる作品。

 どこからどう撮ればキャラクターがスっと浮かび上がってくるかを熟知しているような絵柄。たとえばブラックバードはアオリ気味に捉えられて、彼の静けさや大きさを匂わせる。荒涼としたミズーリの景色も上手く表現しているし、ガラス越しに一瞬だけ見つめあうブラックバードとカーメン、予期せぬタイミングでの発砲など、スリリングでスピーディな見せかたも冴えている。
 低音を重視したサントラも画面に合ったものだ。

 特に、ある人物の死を、撃つ場面も死体も見せずに、かつ大きなターニング・ポイントとして表現したシーンには、映画としての“味”がタップリ。澱みのなさ、上手さ、意外性に満ちた仕上がりだ。

 キャストも、腰の据わったミッキー・ローク、ダイアン・レインの疲れた美貌、トーマス・ジェーンの真っ直ぐさとイケてなさ、愚かで可愛いロザリオ・ドーソンと、いずれも適役、表情の作りで各キャラクターをしっかりと表現している印象。とりわけジョセフ・ゴードン=レヴィット演じるリッチーの“浅はかさ”というか、イキリ具合が、売り出し当時のブラピを髣髴とさせて微笑ましい。

 お話としても、当初は3つ並行していた物語がゆっくりと1本になっていく流れ、「情」がミスを呼ぶとともに危機から助けてもくれるという皮肉なテーマなど、スマートにパッケージングされている。

 ただ、「なんで夫婦の家にFBIが張り込んでいないのか?」など強引さとバカっぽさも残るし、ブラックバードがネイティヴ・アメリカンである意味も生かされていないし、各人が置かれた状況ほどにはキリキリした感じも足りないなど、褒められない部分が多いのも事実。
 観やすくて格も味もある映画だけれど、小粒で地味で物足りなさもまたある、という作品である。

●主なスタッフ
 撮影は『パッション』『スパイダーウィックの謎』などのキャレブ・デシャネル、編集は『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』のミック・オーズリーと、リサ・ガニング。音楽は『リベリオン』『リクルート』のクラウス・バデルト。

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