月に囚われた男
監督:ダンカン・ジョーンズ
出演:サム・ロックウェル/ドミニク・マケリゴット/ロージー・ショウ/アドリエンヌ・ショウ/カヤ・スコデラーリオ/ベネディクト・ウォン/マット・ベリー/マルコム・スチュワート/ロビン・チャーク/ケヴィン・スペイシー(声の出演)
30点満点中21点=監4/話4/出4/芸5/技4
【月面基地での仕事に隠された秘密】
月の裏側、ルナ・インダストリーズ社の基地。ここでたったひとり働くサム・ベルは、妻テスと幼い娘イヴから時おり届くビデオレターを励みに、ロボットのガーティとともにエネルギー源ヘリウム3を地球へ射出する仕事に従事していた。3年の契約期間も残すところ2週間となった頃、サムは幻覚に悩まされるようになり、運転するローバーを無人採掘車に激突させ意識を失ってしまう。やがて医務室で目を覚ましたサムだったが……。
(2009年 イギリス)
【脳髄が「好き」と叫ぶ】
あらためて、自分が“この手”の作品を好むのだということを痛感する。いわばSFマインドと悲劇と希望との混在。これはもう、いい悪いを超えた趣味嗜好の部分。そこへダイレクトに届く映画だ。
殺風景で機能的で専用特化的で、不必要に明るく不必要に広く、整頓の中にも人間味があって、「そこで仕事をしながら長いときを過ごす」ことへの自虐的な憧憬と寂しさとを同時に感じさせる、いかにもな基地の内装。ミニチュアとCGで作られた月面やローバーも実在感たっぷりだ。
AIロボットのガーティは、その存在そのものが“この手”の映画に不可欠であると同時に、工業的なデザインも、低く穏やかな声が「人を見下す」ようにも「人を包む」ようにも聴こえる(ケヴィン・スペイシーを持ってきたのは天才的なキャスティング)点も、すべてがこの作品にしっくりと馴染んでいる。
技術的にはカラー化も可能であるはずなのに、モニターの映像をわざわざモノクロにしてある点がキュっと心をつかむ。
レゴリスへの対処がぞんざいだったり、基地内では6分の1Gを完全に再現していなかったり、いくつか気になる描写はあるものの、道具立てのひとつひとつは説得力に富む。
その外郭の中で進む物語と味わいが、もうドストライク。
のっけから『2001年宇宙の旅』をなぞり(フィルムの質感まで似ているように思える)、さらには『ソイレント・グリーン』や『ウエストワールド』あたりに通じるディストピアものと脱出もののの風味もまぶす。前時代SFへのオマージュ&リスペクトをたっぷりと感じさせる世界観。
いきなり意外な方向へ進むストーリー、その中で「そもそもこの仕事にひとりで従事するってのは無理があるんじゃないか?」という疑念へ向けて放たれる驚きの基本設定、「俺はこの世にただひとり」と叫ぶ目覚まし時計に潜む皮肉、自分の運命や死や時間に向き合う切なさ……。
エンディングにもうひと工夫が欲しかったと思うものの、全体の構成や、織り込まれたファクターは、相当に素晴らしい。
ほぼひとり芝居(!)のサム・ロックウェルも、しかめた目と下がり気味の眉とすぼめた口にさまざまな情感を漂わせて良質だ。
音楽は派手に場面を彩るというよりも、主人公サム・ベルの置かれた位置をジワリと浮かび上がらせる方向性で作られていて心地よい。
要は、技術や美術やキャストなどさまざまな映画的要素が好み、お話としても好み。それぞれが相手をがっしりと支えていて、そういう仕上がりのよさがまたこの作品に対する私的評価を高めている。
デヴィッド・ボウイの息子が監督、という“つかみ”が売りとなった気配も強い本作だけれど、いやもうそういう点を離れて、「昔、未来へのワクワクと悲しさを感じさせてくれた“この手”の作品の遺伝子をしっかりと受け継いだ映画」として、拍手を贈りたい。
●主なスタッフ
監督ダンカン・ジョーンズも脚本ネイサン・パーカーも、これが初長編。
撮影は『ハリー・ポッターと秘密の部屋』のエフェクト・カメラや『ハムナプトラ』のモーションコントロール・カメラなどを担当したゲイリー・ショウ。編集は『ミラーマスク』のニコラス・ガスター。サウンド・チームには『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』などに携わったマーク・ルイスら。
プロダクションデザインは『グッド・シェパード』のイギリスパートでコンセプト・アーティストを務め、『オリバー・ツイスト』ではセットデザイナーだったトニー・ノーブル。アートディレクターは『エピソードIII』や『トロイ』、『ヴァン・ヘルシング』に携わっているヒデキ・アリチ。
衣装デザインは『28週後...』のジェーン・ペトリ、ヘアメイクは『トロイ』に関わったカレン・ドーソン。
音楽は『レクイエム・フォー・ドリーム』のクリント・マンセル、VFXは『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』で腕をふるったサイモン・スタンリー=クランプらシネサイト社。
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