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2012/04/16

人生に乾杯!

監督:ガーボル・ロホニ
出演:エミル・ケレシュ/テリ・フェルディ/ユーディト・シェル/ゾルターン・シュミエド/ジョコ・ロジッチ/ペーター・バルビネク/ペーター・ホルカイ/ミクラス・カパクシー/ソフィア・ガイガー/シュザボルクス・ラスチナ/カタリン・ヴァルナジー/アギ・メドニャンスキー

30点満点中18点=監3/話4/出4/芸4/技3

【老夫婦の大逃走劇】
 ひどい腰痛持ちのエミルと、糖尿病を患っているヘディ。貧しい年金生活ゆえ、電気は止められ、大切なイヤリングも手放すハメに。思い余ったエミルは拳銃を持ち出して強盗を働いてしまう。捜査にあたるのは警察のアギとアンドル。恋人同士のふたりはアンドルの浮気のせいで喧嘩の真っ最中、ぎくしゃくしながら事件を追う。ヘディの協力を得て逃走中のエミルに接近したアギとアンドルだったが、思わぬ裏切りと予想外の展開が待っていた。
(2007年 ハンガリー)

★ややネタバレを含みます★

【暗い世の中。だからこそ前へ進まなくちゃ】
 高い失業率やインフレのため、貧しい暮らしをしている人も多いというハンガリー。ただしブダペストのガイドさんは「自由化が進んだことで生活は苦しくなったけれど、人を疑いの目で見て怯えながら生きていた共産党独裁時代には、二度と戻りたくない」といってたっけ。

 犯罪を繰り返す(でも誰も傷つけない)エミルとヘディは民衆に支持されるが、監視・束縛の時代から経済崩壊の現代まで“喘ぎ”の中で50年間を送ってきたこの国ならでは事情が背景にはあるはず。
 融資を断られ続けている男のエピソードも経済的閉塞感を笑いに転化したもののように思えるし、ほとんど機能していない警察の姿(だって爺さん婆さんを捕まえられないんだから)をそのまま信じるなら、役人も頼りにならないってこと。年代モノのチャイカ(ソ連製GAZ14)がジャラジャラと急坂を登るのは「昔のほうがパワーはあったぞ」という暗喩だろうか。

 かつて生き延びるためにエミル(というか圧政者)に捧げようとしたイヤリングを、ヘディは「最後に残された誇り」だという。それが手もとにある限り、何があっても生きていける、ということなのだろう。
 けれど、いざ切羽詰ったときにはアッサリと手放す。プライドを後生大事に守っても腹はふくらまないのだから仕方ない。「生きる」ことが大切。そういう意味で、50年前といまは何ら変わっていないのだ。
 要は、未来のない世界。意外と暗いものが底辺にはある映画だ。

 が、それをドンヨヨリンと暗いまま描くのではなく、ウエスタン風ギターのサントラに乗せ、ユーモアをふりかける。みんな真剣なんだけれど、どこかズレていたり思い通りに事が運ばなかったりする困惑の空気が絶妙。
 下手な説明はせず複数の人物・出来事を少しずつ整理しながら物語の骨格を示す序盤から、予想を裏切り続ける中盤、悲壮感と温かさが同時に漂う奇妙な終盤まで、流れも構成も見事だ。

 撮りかたも、カット数は少ないが、ただ撮っているだけのように見えて実は雄弁、情報や感情をやかましくならないよう上手に盛り込んである。
 たとえば時計を指差してヘディにクスリの時間を教えるエミル、警察との話の最中にも植木鉢に水をやるヘディ、といった何気ない姿に、このふたりの歩んできた時間が滲み出している。
 もちろん、エミルを演じたエミル・ケレシュ、ヘディ役テリ・フェルディの力も大きくて、困った顔、小さな怒り、呆れ、戸惑い、イタズラを考えているときの子どものような表情など、ふたりがいろんな心をフィルムに刻み込むことでこの映画は柔らかなものになっている。

 最後には、ちゃんと示される希望。いや、その希望もまた現実の嵐の中で揉まれることになるのだろうけれど、たぶん大丈夫。
 エミルとヘディは出会った瞬間から共犯者であり、だからこそ年を取ってもふたり足並みを揃えて前へと踏み出すことができた(まぁ褒められる前進ではないけれど)。アギとアンドルの小さな希望は、ある意味でふたりの共犯の成果だ。
 そして、人と人との結びつきのカタチとしてこの世でもっとも強くて固い共犯者という関係を築くことが、未来のない世界を生きるたった1つの方法であるはずだ。

 そんな「ちょっとマズイけれど、この人と一緒なら何とかなるよね」という価値観について語る映画だともいえるだろう。

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