フローズン・リバー
監督:コートニー・ハント
出演:メリッサ・レオ/ミスティ・アップハム/チャーリー・マクダーモット/マイケル・オキーフ/マーク・ブーン・ジュニア/ジェームス・レイリー/ジェイ・クレイツ/ジョン・カヌー/ディラン・カルソナ/マイケル・スカイ
30点満点中18点=監4/話4/出4/芸3/技3
【凍った河を渡って】
クリスマスが近づく冬、ニューヨーク州北部、カナダと面した小さな町マセナ。新しいトレーラーハウスの購入資金を夫トロイに持ち逃げされ、レイは途方に暮れていた。このままではTJとリッキー、ふたりの息子を育てることもできない。やむなく彼女はモホーク族の居留地で知り合った先住民の女性ライラを手伝うことにする。その仕事は、凍りついたセントローレンス川をクルマで渡り、密入国者をカナダからアメリカへ運ぶことだった。
(2008年 アメリカ)
★ややネタバレを含みます★
【つながりを信じよう】
作中でレイら家族の暮らす古い家は「潰され、中国に運ばれて溶かされ、おもちゃになってまたアメリカに送られ、ママの働く1ドルショップで売られる」とされる。
すべての出来事や人や物は、グルリと回ってひとつにつながり、自分のもとへ戻ってくるものなのだろう。
その、因果応報というか、オルビスな世界の中で、何を願い、何に希望を託し、自分の役割をどう自覚するか、という映画。
犯罪に手を染めることも、起こしてしまったボヤを誤魔化すための小細工も、愚かな行為と嗤うことができる。図らずも“負の輪っか”にハマってしまった人たちが、ここにいる。誰がどう考えても、愚かな彼女たちに待っているのは哀しい未来、本来あるべき“調和の取れた環”から零れ落ちる末路であるはずだ。
が、法を裏切ったとしても、信頼や純粋な願いや希望にあふれる存在を裏切ってはならないと本作は語り、人物たちも踏みとどまる。
たとえば、出会ってすぐクルマで遊ぶ幼い子ら。そこに感じるのは、まさに純粋さであり、守りたいと思わせる温かで健やかな人のありようだ。
あるいは、騙した相手に謝るTJ。恐らく警官と夫人との間では、「相手はまだ15歳だから」といった会話が交わされていたはずで、そこには、まず人を信頼することから始めよう、傷つく人間はなるべく少ないほうがいいだろうという、優しさ、大人としての対応力が漂う。そうしたことをTJ自身も悟ったはずである。
信頼と希望と優しさを接着剤にして、つながる、出来事や人や物。寒々とした光景と事件とを扱いながらも、その“つながりの明るさ”こそが、本作の描きたかったことではないだろうか。
作りとしても、説明を省き、ときにはうつすべきものをうつさないという豪胆さも見せ、出来事と出来事をバラし、そのつながりを観客に読み取らせながら、ルールを破ればしっぺ返しを喰らい、罪はたちまちのうちに露見することも描いて、ゆっくりと物語をつなげていく、という手法を採る。
構成の妙や編集の巧さを感じるとともに、テーマを体現するストーリーテリングだとも思えて、素晴らしい仕上がりだ。
監督はこれが初長編。もともと短編として作られたものを、メリッサ・レオ&ミスティ・アップハムのキャストもそのままで長編にセルフ・リメイクしたものらしい。またスタッフは、短編/TVドラマ/インディペンデント系でキャリアを積んできた人がほとんどで、ほぼ無名。IMDbによれば予算はたった100万ドルとのこと。
特殊な過程で生まれたフィルムながら、その密度の濃さと完成度の高さには驚かされる。小さいけれど「映画を観た」という実感を抱かせてくれる1本である。
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