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2013/02/21

ゼロ・ダーク・サーティ

監督:キャスリン・ビグロー
出演:ジェシカ・チャステイン/ジェイソン・クラーク/カイル・チャンドラー/ジェニファー・イーリー/ハロルド・ペリノー/ジェレミー・ストロング/J・J・カンデル/エドガー・ラミレス/ジェシカ・コリンズ/ジョエル・エドガートン/クリス・プラット/テイラー・キニー/フランク・グリロ/レダ・カテブ/ファレス・ファレス/ヨヤフ・レヴィ/リッキー・セコン/マーク・ストロング/ジョン・アントニーニ/マーク・デュプラス/スコット・アドキンス/ジョン・バロウマン/ジェームズ・ギャンドルフィーニ

30点満点中19点=監4/話3/出4/芸4/技4

【その行方を追って】
 進展捗々しからざる、ウサマ・ビン・ラディンをはじめとするアルカーイダ首脳の追跡。前線に配属されたCIAのマヤは捕虜への拷問が当たり前のようにおこなわれている現状に戸惑うものの、自らの身が危険にさらされ、同僚の命を奪われながらも執拗に“ビン・ラディンとの連絡役”とされる男の調査を進める。対象人物の死が明らかとなり、追跡は頓挫したと思われたが、ある1つの古いファイルが突破口となって事態は急展開を迎える。
(2012年 アメリカ)

【記号化されない人間のありよう】
 クレジットではUBLと略され、作品中でもその3文字で呼ばれるウサマ・ビン・ラディン。でもYahoo! USAで「UBL」をサーチすると、ズラズラっとUnited Bank LimitedとかUltimate Band Listなど目的外の情報が表示されて、あれひょっとしたらビン・ラディン関連を弾く検閲フィルターが動いているんじゃないかと邪推したくなるほど。
 どうやら「OBL」が一般的なようで、これだとOhio Bankers Leagueの次にちゃんとwikipediaのビン・ラディンがヒットする。

 いずれにせよ、世界中から忌み嫌われ、また崇められてもいる歴史的な人物が略称で扱われ、記号化される(現実にそういう雰囲気があったように思える)ことに対する違和感が、本作における1つの大きなポイント。

 その記号的存在確保へ向けての足取りは、実にナマ臭い。水がぶっかけられ、血が流れ、爆風に吹き飛ばされる。白人というだけで銃を向けられ、名前や住まいが漏れただけで死や撤退を覚悟しなければならない過酷。

 そうした中におけるマヤの、約10年もの仕事ぶりを適時切り取って見せるわけだが、1カット/1シーンにはたっぷりと時間が費やされ、切り取られた出来事はそれぞれ濃密に描かれる。
 ポンポンと流すのではなく、あるのはズッシリ感。「Aという舞台の1と2と8と9、Bの3と4、Cの2と3と9と10を見せて(つないで)計10の重みを持つシークエンスを作る通常のストーリーテリングではなく『Aの1~10までを全部見せる』という思い切りかた」と『ハート・ロッカー』を評したが、今作も文法・作法的には共通するものとなっている。

 全体にBGMは極力削ぎ落とされ、その場の音が拾われる。カメラも、舞台に入り込んでその場で回すというイメージ。アドリブ的に撮った絵も挿入され、観客を中東へ誘うのに一役買う。リアリティある描写が追体験を実現し感情移入を助長する、といったイメージか。

 が、必要とあらば壁の向こうにカメラが潜り込んだようなアングル、突然の爆破、バツっと切られる編集(マヤとCIA長官が食堂で相席する場面のリズム感が印象的)など、映画らしい小気味の良さも示して物語と見た目をキュっと締めてみせる。
 インスピレーションとアドリブの支配率がかなり戦った前作より、ちょっぴり“計算”の部分を増やした、というバランス。おかげで2時間40分の長尺をまったくダルく感じさせないテンションがキープされる。

 そのバランス感覚は突入シーンで顕著だ。正直、ちょっとキレイすぎて作り物っぽさは残るのだけれど、他の映画ならもっとスマートに「ここが見せ場です」的なアクション風味でまとめたはず。それを本作では、息を飲むようなリアルタイム描写にこだわり、暗視スコープの映像は汚れもそのままに採用。そもそもターゲットとなる邸宅の再現度が半端ない。鍛え抜かれたプロの軍人の挙動もしっかりとリプレイされていて惚れ惚れするほど。
 ただ、実際には「約40分の銃撃戦ののち邸宅を制圧」だそうだから、上手く端折っているということ。SFXやVFXがしっかりとリアリティを支えていることも実感できるし、兵士たちの人間臭さもわかりやすく垣間見させてくれる。

 そして、ジェシカ・チャステインの芝居。顔立ちが似ているせいかヒラリー・スワンクを真似たアプローチにも思えるが、なるほど、ほとんど何もできない序盤から血色を失くしてしまう中盤、プロ(けれど成果を残せていないことへの焦燥も見える)へと成長した表情まで、マヤの変化を加飾なく演じていて素晴らしい。

 そのマヤが、ラストで見せるリアクションがまたリアル。
 そうなのだ。何かをやり終えた後に残るのは達成感なんかじゃ決してなくて、ただただ「終わった」という真っ白な感覚なのだ。
 そこに、記号化されることのない人間のありようを見る。彼女を突き動かしたのが執念なのか使命感なのか恐怖なのかはわからないけれど、たぶん、彼女にも説明できないというか、言葉では表現できない、それしかなかった生きかた、ということなのだと思う。
 この、1つの生が終わった生々しくて真っ白な瞬間こそ、本作が見せたかったものじゃないかと感じるのである。

 メモとして。Zero Dark Thirtyとは軍事用語で午前0時30分のことらしい。作戦の開始または終了の時間だろうが、マヤが“次の1日”へ歩み始めたことを暗示するタイトルにも思える。

●主なスタッフ
 脚本のマーク・ボール、衣装デザインのジョージ・L・リトル、サウンドのボール・N・J・オットソン、SFXのリチャード・スタッツマン、音楽スーパーバイザーのジョン・ビッセルなど、『ハート・ロッカー』と共通のスタッフが多い。
 撮影は『モールス』のグリーグ・フレイザー、編集は『アルゴ』のウィリアム・ゴールデンバーグと『ザ・タウン』のディラン・ティチェナー。
 音楽は『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』のアレクサンドル・デスプラ、VFXは『トロン:レガシー』のクリス・ハーヴェイや『アイズ』のマイク・アグッチオーニ。スタントは『アバター』のスチュアート・ソープ。

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