リンカーン
監督:スティーヴン・スピルバーグ
出演:ダニエル・デイ=ルイス/サリー・フィールド/デヴィッド・ストラザーン/ジョセフ・ゴードン=レヴィット/ジェームズ・スペイダー/ハル・ホルブルック/ジョン・ホークス/ジャッキー・アール・ヘイリー/ブルース・マッギル/ティム・ブレイク・ネルソン/ジョセフ・クロス/ジャレッド・ハリス/リー・ペイス/ピーター・マクロビー/ガリヴァー・マクグラス/グロリア・ルーベン/ジェレミー・ストロング/マイケル・スタールバーグ/ボリス・マクガイヴァー/デヴィッド・コスタビル/デヴィッド・ウォーショフスキー/コールマン・ドミンゴ/ルーカス・ハース/テッド・ジョンソン/S・エパサ・マーカーソン/トミー・リー・ジョーンズ
30点満点中18点=監3/話2/出5/芸4/技4
【憲法修正第13条の可決に向けて】
多くの戦死者を出し続けながらも、次第に終焉が見えてきた南北戦争。再選を果たした合衆国大統領エイブラハム・リンカーンは、国務長官ウィリアム・スワードとともに、奴隷解放を実現する憲法修正第13条の可決に心血を注いでいた。早期終戦を望む半面、そうなれば奴隷解放への機運が弱まるというジレンマの中で、いかにして急進派のスティーブンスを味方につけ、民主党議員を切り崩すか、リンカーンは策と熱意で戦おうとする。
(2012年 アメリカ)
【格は高いが引っ掛かりは大きく残る】
陰影もアングルも豊かで空気感まで伝わる撮影や、当時を完璧に再現しているであろう美術や衣装、ジョン・ウィリアムズの割には画面から浮かない音楽、演者たちを見事に変身させてしまったメイキャップなど、全体に丁寧で格の高い作りだと思う。
そして、役者たちが見事。声音だけでなく体型や佇まいまでが鮮やか、これ以上ないほど悲しげな表情ラインを作り出しているダニエル・デイ=ルイスをはじめ、力演のサリー・フィールドとトミー・リー・ジョーンズ、どこまでもカッコいいデヴィッド・ストラザーン、クレジットを見るまでわからなかったジェームズ・スペイダー、こんな役ができるとは思わなかったリー・ペイスなど、みな与えられたキャラクターをしっかりとまっとうしているように感じる。
ただ、観ている間も観終えた後も、どうも引っ掛かりが残る。そう感じてしまう理由は、3つ。
まず、大胆に切り取った割には詰め込みすぎ、視点がバラつきすぎ、というまとまりのまずさ。
修正第13条を可決させるため、いかにして票を集めるか。そこへ照準を絞ったことは素晴らしいと思う。駆け引きや説得術は面白いし、可決まで終戦を引き延ばしたいが、その間にも犠牲者は出ており、息子は軍に志願すると言い出して……というリンカーンの苦悩の重さにも痺れる。
なにより、キレイごとですませず、あくまで現実を見つめながら動くリンカーン(とその陣営)の政治家としての矜持がパワフルだ。
が、切り崩し対象に選ばれた者が多いうえにそれぞれ個性は薄く、共和党内部での対立がある割には大統領側近各人の立ち位置は曖昧。スティーブンスの想いについてもそれなりにボリュームを割き、長男ロバートや軍司令グラント将軍への感情移入をも試み、ビルボらロビイストの活動はややコミカルな調子で描いてみせる。
一応はリンカーン主軸というスタンスが貫かれ、彼に関しては意志と行動との整合性が伝わってくるのだが、時おりフワっと逸脱したり、リンカーン以外の人たちの「こう考えるから、こうする」という部分が描きすぎていたり不足していたりと、どうも全体としてのガッシリ感には欠けているイメージだ。
2つめは、前半が少し冗漫である点。ダニエル・デイ=ルイスによるリンカーンをジックリ見せようという配慮からか、スピルバーグにしては1カットが長め、ストーリー的なリズムも緩やか。リンカーンによる、なんだかわかりにくいたとえ話や引用も「?」と感じさせる。
和平交渉使節団の扱いをどうするかという電報を打つあたりから俄然面白くなってくるのだが、それまでが、ちょっとタルい。いちいち年月や人物の説明が入るのも「そういうのは見せて理解させてこそでしょ」と思えてしまって興ざめだ。
3つめが、本作の大前提に関わる点。
どうも本作って「アメリカ国民が観る、アメリカで撮られた映画」という色が濃いように思える。なぜ彼が奴隷解放に熱心なのか(まぁそもそも奴隷制って法で規定しなきゃならんものかよ、っていう気もするのだが)という政治理念的な部分は省略。英雄としてのイメージを残しつつ、苦悩し眼を血走らせる一個の人間としても描かれ、つまりは「米国民の共通認識の上に立脚してはいるが、と同時にそれを少しだけ打ち破るキャラクター」として仕上げられていると感じる。
たとえば織田信長や坂本龍馬がこうした手法でキャラクターメイキングされ動かされるなら、われわれ日本人は受け入れられる。少々省略があっても「ふむふむ」と、意外な一面を見せられれば「ほう」と感心しながら観られる。そうした“ある歴史上の人物と現代人との関係”は、個々の国・民族・文化固有のもの。それをリンカーンでやられても、と思うのだ。
また上述の通り「そもそも奴隷制って法で規定しなきゃならないものなのか」という部分については、いやそうしないと増長しちゃうくらい人は愚かな生き物だということはわかってるし、だからこそ修正第13条の可決は歴史的な出来事なのだと理解もできる。けれど、そこに哲学と経済と理想と現実の衝突を十分に盛り込まないまま、あるいは「なぜ奴隷制が廃止されなければならないのかなんて、説明するまでもないでしょ」という、いい意味での“説明と描写の拒否=人類全体としての前提認識の存在”を漂わせないままで、ひたすら修正案可決へのあれこれだけを見せられることに、違和感が残る。
ここのところちょっと“自分が考えるスピルバーグ作品の面白さ”という期待を十分に満足させてもらっていない。それが寂しい。
●主なスタッフ
ドリス・カーンズ・グッドウィンの原作を『ミュンヘン』のトニー・クシュナーが脚色。その他の主要スタッフも、撮影のヤヌス・カミンスキー、編集のマイケル・カーン、プロダクションデザインのリック・カーター、メイキャップのルイ・バーウェル、衣装デザインのジョアンナ・ジョンストン、音楽のジョン・ウィリアムズ、サウンドエディターのリチャード・ヒムズなどは『戦火の馬』と同じ、スタントは『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』のギャレット・ウォーレンで、スピルバーグ組の面々。
ほかではSFXが『トゥルー・グリット』のスティーヴ・クレミン。
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