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2013/08/19

風立ちぬ

監督:宮崎駿
声の出演:庵野秀明/瀧本美織/西島秀俊/西村雅彦/スティーブン・アルパート/風間杜夫/竹下景子/志田未来/國村隼/大竹しのぶ/野村萬斎

30点満点中20点=監4/話4/出4/芸4/技4

【若き設計士の生】
 子どもの頃からの念願である航空機の設計士となった堀越二郎。湧き上がるアイディアとその実用、失敗、ドイツなどへの技術留学、イタリアの天才設計士カプローニとの夢での交流などを経て、二郎は軍用機の設計技術者として着実に技術を磨き志を高めていく。関東大震災の混乱の中で知り合った里見菜穂子と再会、すぐさま彼女と結ばれた二郎だったが、菜穂子の身体は病に蝕まれていた。時代は大正から昭和、そして太平洋戦争へと進む。
(2013年 日本 アニメ)

★ややネタバレを含みます★

【詰め込まれたいろいろを読み取る】
 上映開始から間もなく「あれ? センタースピーカーからしか音が出てないんじゃ?」と感じる。以後も一貫して平面的、スクリーンの外へはハミ出さない音響が続く(でも不思議と奥行き方向の移動感はある)。劇場側の設定ミスかとも思ったが、聴こえるべき音はしっかり聴こえているので、そうではないはず。いずれにせよサラウンドに慣れた耳には不思議な感覚だ。
 後で調べるとやはりモノラル音声で作られていて(公開前からアナウンスされていたらしい)、ネットで「こうすることで観客が作品を『見守る』ようになる」という作曲家の意見を見つける。

 その効果は確かにあって、さらにいえば、スクリーンと同サイズで客席へと伸びる空気の束の中へ、そして作品世界へと、観る者を押し込め引き込むように感じられる。
 このことに代表されるように、作りにおける各種の“狙い”を数多く実感できる仕上がりだ。

 たとえば、日本禁煙学会だとかいう輩がクレームをつけたと伝えられる喫煙場面の多さ。これはもう時代劇を観て「人を斬るなんて」とか「川で水をすくって飲むのは衛生上ふさわしくない」とゴネるバカな所業であって、この手の、想像力のカケラもない人種が世界を悪くするんだろうなと呆れる次第だが、いやむしろ、「ではなぜそこまでタバコを描くのか」と観る者に考えさせた時点で作り手の思うツボではないかとも感じる。

 すなわち、時代性。なにしろ「国に国防 社交にタバコ」(昭和12年/たばこと塩の博物館HPより)という世なのだ。現代とはまったく異なる価値観、僕らの時代とのはなはだしい乖離を印象づけるアイテムや背景要素として、タバコも、結核患者に対して何ら有効な治療法がなかった事実も、夢を追いかける手段として軍用機を開発するしかなかった世情も、力強く機能するのである。

 あるいは声の出演陣たちの演技の上手さ(というか、キャラクターとの親和性)も、そうだ。
 庵野秀明はハッキリと素人芝居なのだが、それだけに余計に、グっと感情が乗ったときのセリフが直截的に胸へと迫る。ピンと張った細い弦の上を歩くかのごとき儚さの瀧本美織や、幼き感情をぶつけてくる志田未来。西村雅彦と國村隼はくぐもった声音の裏に上に立つ者としての周囲への信頼や配慮を漂わせ、野村萬斎は鷹揚にすべてを受け止め、ライブアクションでは棒読みの西島秀俊もここでは起伏豊かに跳ねている。
 職業声優の軽視などではない。昨今まかり通るタレントの安直な起用とも一線を画している。やや堅い言い回しの言葉づかいとも相まって、彼ら彼女らのキャスティングと芝居もまた、生身の人間がしっかりと生きていた“ひとつの時代”を表現するためのファクターであると感じられる。

 以上に加え、やや古めの実写を思わせるレイアウトやカット割り~シーン構成で二郎の生涯を切り取っていることも合わせると「日本映画を作りたかったのだな」と思い至る。
 画面の設計、モノラルの音声、各種のアイテム、芝居などの複合効果によって生まれる“昭和の名画的な雰囲気”と“その中に描かれる昭和”という構造が、ここにはある。
 舞台背景と表現技法の同時代性といえば『アーティスト』が思い浮かぶわけだが、あちらがその試みを面白さにつなげられていなかったのに対し、本作は上手に、当時と現代との地続き感と違いとを同時に表出させていて、不思議な佇まいを見せる。

 その部分で支えとなっているのが“目に見えない部分での、頼りないつながり”を描こうとする演出的な工夫や意図の盛り込みだ。

 各種の効果音を人の声で表現することによって、ある種の手作り感とともに、人によって命を吹き込まれる“モノのありよう”が示される。
 冒頭であらかじめ「これは夢だ」と見せておくことで、以後もスンナリと夢のシーンを挿入できることになり、存分に二郎とカプローニとの柔らかなつながりを描くことができている。その景色は眼鏡を外すことでのみ見られるものであり、目の悪い者だからこそたどり着ける、他人には触れることのできない自分だけの世界の存在を表出させる。
 モブシーンなどでは、主要な役柄ではない人物たちの描写として「口は動かしているもののセリフは聴こえない」という手法が多用されている(これまた実写的な技法だ)。自分の周囲には自分と関わりのない人がいてそれぞれの生活があって、そうして世界ができている、ということなのだろう。
 また、軍人や軍用機は出てくるものの戦争の影は意外と薄くて、悲劇の不可視性が作品の一端にぶら下がっているようにも思える。

 結果、ひとつの時代に存在していた世界が浮かび上がり、その時代その世界はいまや遠いものだけれど、延長上には確実に僕らが生きるこの時代この世界があって、両者の共通点と差異とを誰もが考えざるを得ない作品、そこに想いを馳せなくてはならない状況ができあがって、ふたつの時代ふたつの世界の“目に見えない部分での、頼りないつながり”を愛おしんだり悔いたりする心情が湧き上がる。
 音楽はひとつのモチーフの変奏曲風にまとめられていて、そこにも、少しずつ揺れて変化しながら続いていく時代と世界、という意味を感じる。

 ああ、このあたりのことを上手く説明できないのが口惜しいのだが、少なくとも、全編に渡って、何を、何のために、どう描くか、というキッパリとした意図と意志があふれ、隅々まで計算された作品であることは確か。そこに宮崎駿の、映画作家としての底力を見る思いだ。

 いっぽうアニメーション作家としての宮崎駿の仕事も見どころだ(作画監督には高坂希太郎の名がクレジットされているが、たぶんあらゆる場面で監督自身の手が入っていることだろう)。
 エンジンの挙動など宮崎アニメの真骨頂ともいえるアナログなメカメカしさの愉悦とは別に、強く感じるのはシンプルさと省略と誇張の妙。揺れる緑や波や風、あたふたとした人の動きなどからは「リアリティというのは、単にミクロなディテールにこだわったり実際の動きをトレースしたりすることで生まれるわけじゃない」と若い人たちに教えようとする思いが見える。
 もちろん描き込むべきところは描き込んで、モノや人に質量を与え、表現にメリハリをもたらすことも忘れない。

 輪郭や面立ちの微妙な変化で心の動きまで表現してしまう点も宮崎アニメの真髄だろう。二郎の作品を見た黒川さんが設計屋共通の感覚で「これは飛ぶぞ」と直感する場面などは鳥肌ものだ。

 実は作中、ウルっときたのが、二郎が菜穂子との交際を彼女の父に許してもらおうと切り出すところ。直後、思いもかけず菜穂子が階上から降りてくるのだが、そこで二郎はスっと椅子から立ち上がって彼女に寄り添う。
 それまでに、お辞儀の角度や寸暇を惜しんで仕事に打ち込む姿勢などで二郎の誠実な人となりを細かく見せておき、そしてここで、ひょっとしたら会話の途中でしかも実のお父さんを差し置いて真っ先に菜穂子の側に駆け寄るなんて失礼なことかも知れないのに、そんなことなど考えずいとも自然にそう行動する二郎の姿。
 セリフだけに頼るのではなく、描写の積み重ねや「そもそもどんな行動をどの程度描くのか」の選択決定などによって、堀越二郎という男に鮮やかに血肉と魂を与えて、“アニメーション映画で表現できる人物”の凄味を突きつけてくる。その技に泣く。

 ファーストカットは地面、本編最終カットは地面と空が半々、エンドクレジット後のラストカットは空。その構成からも意図をくみ取りたい。

 おそらく監督は、純粋な夢を哀しい現実の中に落とし込まなければならないこと……航空機を設計しようと思えば戦闘機を手がけるしかなかった当時や、人類の叡智と勇気と自己犠牲の精神を「原発による被害を止める」というバカバカしい目的のために使うことを強いられる現代……に対し、忸怩たる思いを抱いていることだろう。
 だがいっぽうで幸いにもこの監督には、夢を健やかに現実化するアニメーション映画という場が与えられている。
 そんな悔しさや怒りや喜びや矜持をストレートにぶつけて、そのうえで、遥かな夢へ向かって上昇していこうじゃないかと呼びかけたかったのではないかと思う。

 ちょうど終戦記念日に観たのだが、確かに、その日を挟む“戦争を象徴する季節としての夏”にふさわしい作品だとも感じる。
 そして「語ることが多い映画」に出会える幸せ(それにしても、えらく長く書いちゃったな)に浸れる作品でもある。

●主なスタッフ
脚本/宮崎駿『借りぐらしのアリエッティ』
作監/高坂希太郎『茄子 アンダルシアの夏』
色彩/保田道世『未来少年コナン』
撮影/奥井敦『ハウルの動く城』
編集/瀬山武司『パプリカ』
美術/武重洋二『サマーウォーズ』
音楽/久石譲『おくりびと』
音響/笠松広司『ICHI』

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