復讐捜査線
監督:マーティン・キャンベル
出演:メル・ギブソン/レイ・ウィンストン/ダニー・ヒューストン/ボヤナ・ノヴァコヴィッチ/ショーン・ロバーツ/デヴィッド・アーロン・ベイカー/ジェイ・O・サンダース/デニス・オヘア/ダミアン・ヤング/カテリーナ・スコーソン/フランク・グリロ/ピーター・エプスタイン/ウェイン・デュヴァル/ガブリエーレ・ポパ/トム・ケンプ
30点満点中17点=監3/話4/出4/芸3/技3
【娘の死、その真相の果てに】
ボストン市警のトーマス(トミー)・クレイブン刑事は、久しぶりに帰省した娘エマと過ごすことに。だがその夜、体調を崩したエマを病院へ連れて行こうとしたところ、ふたりは何者かに襲われてエマが命を落とす。警察ではトミーを恨む者の犯行と見て捜査を進めるが、遺品を整理していたトミーは娘の勤務先である核関連企業に不審の念を抱くようになる。独自に捜査を続けるトミーに、謎の男ジェドバーグが接近する。
(2010年 イギリス/アメリカ)
【地味ながら見どころあり】
80年代にイギリスで放送されたTVドラマ『刑事ロニー・クレイブン』を、そのオリジナルでも監督を務めたマーティン・キャンベル自身のメガホンでリメイクしたものらしい。
監督の名前+主演がメル・ギブソンで刑事役、というプロフィールの割にはちょっと地味。絵の質感は古臭く、音楽はちょっと前時代的で入れかたも野暮ったい。全体のテイストとしても、静かで、近頃のアクション&サスペンスとしては大人しい感じ。
このあたりは恐らく、オリジナルを意識したうえでの作りなのだろう。
地味で静かとはいっても、突然のショッカー的事態進行はあるし、要所ではカーチェイスや銃撃なども挿入。洗面台に流れていく血でトミーの絶望感を示したり、いまどきレコードを聴いているエマの趣味からは父への想いが読み取れたりと、描きかたに味がある。緩急を利かせ、編集も軽快だ。
国家による事実隠蔽vs正義と復讐の父、という対立構図からある程度は予想がつく展開でありながら、無駄のなさ、頭の悪い説明の省略、ジェドバーグという謎めいた男の存在などで面白く見せる。
「事実はわかっている。俺たちは生き、思っていたより早く死ぬ」
「人は完ぺきではないが、正しい生きかたはある」
「真実などない。あるのは真実に見せかけた嘘だけ」
社会の真理に迫るセリフの数々も上質だ。
キャスティングと演技も作品の面白さを助けている。
やや老けたメル・ギブソン。これまでのマッチョとは違い抑制された怒りを滲み出させ、少し枯れたイメージがいい雰囲気だ。
ジェドバーグ役レイ・ウィンストンも、体型や体臭まで過去作とは異なるイメージ。渋面の奥からやるせなさが漂う。
エマ役のボヤナ・ノヴァコヴィッチも『デビル』とは異なる誠実さや儚さがあって可愛い。
にしても、不思議なものだ。国のおこないにはそもそも「国家と国民の安全を護る」という高尚な動機があるはず。そこに、企業の思惑、その企業を動かす者の欲、個人的なイデオロギー、保身……などが少しずつ絡んでいって、シンプルだった何かは複雑な別の何かへと変化する。
復讐、あるいは悔恨というシンプルな動機は、その一直線さでもって複雑さの中にたやすく穴を穿つのだけれど、いっぽうで企みの大きさは、そのパワーによって小さな個を葬り去る。
シンプルと複雑、システムと個による対決の先には、哀しみしかない。
●主なスタッフ
オリジナル脚本は『ミニミニ大作戦』や『レッド・ダスト』のトロイ・ケネディ・マーティン、脚色は『ワールド・オブ・ライズ』のウィリアム・モナハンと、アンドリュー・ボーヴェル。
撮影のフィル・メヒュー、編集のスチュアート・ベアード、衣装のリンディ・ヘミング、スタントのゲイリー・パウエルなどは同監督の『007/カジノ・ロワイヤル』と共通のスタッフ。
プロダクションデザインは『イーグル・アイ』のトーマス・E・サンダース、音楽は『ヒューゴの不思議な発明』のハワード・ショア、サウンドエディターは『ヒアアフター』のバブ・アスマンとアラン・ロバート・マーレイ、SFXは『天使と悪魔』のクレイ・ピネイと『シャッターアイランド』のリック・トンプソン。
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