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2014/03/16

それでも夜は明ける

監督:スティーヴ・マックィーン
出演:キウェテル・イジョフォー/マイケル・ファスベンダー/サラ・ポールソン/ベネディクト・カンバーバッチ/ポール・ダノ/J・D・エヴァモア/ポール・ジアマッティ/ギャレット・ディラハント/ブラッド・ピット/ルピタ・ニョンゴ/アルフレ・ウッダード/スコット・マイケル・ジェファーソン/ライザ・J・ベネット/トーマス・フランシス・マーフィー/ブライアン・バット/クリストファー・ベリー/スクート・マクナリー/タラン・キラム/マーク・マコーレイ/ジェイ・ヒューグリー/アシュリー・ダイク/ドワイト・ヘンリー/クリス・チョーク/クレイグ・テイト/アデペロ・オデュイエ/マイケル・K・ウィリアムズ/マーカス・ライル・ブラウン/ケルシー・スコット/クヮヴェンジャネ・ウォレス/キャメロン・ジーグラー/デヴィン・A・テイラー

30点満点中20点=監4/話4/出4/芸4/技4

【奴隷としての生】
 ソロモン・ノーサップは妻やふたりの子どもとNYで暮らす、自由黒人のバイオリニストだ。だが興行先で何者かに誘拐・監禁され、プラットという名の奴隷として南部の農園主フォードに売り渡される。歯向かえば、あるいは人違いだと訴えれば鞭で打たれる。プラットことソロモンは身分を隠してひたすら従順に振る舞い、機を待つ。フォードにも、転売先の綿農家エップスにも、有能ゆえ重宝されるソロモンだが、耐える月日は長く辛く……。
(2013年 アメリカ/イギリス)

★ネタバレを含みます★

【緻密濃密な作りが放つ映画としてのパワー】
 前日に『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』を観たのだが、あまりに対照的。ユーモアも交えつつ、軽快なエンターテインメント劇映画として「何かおかしいと感じた人たちの行動」を真っ向から描いた『ヘルプ』に対し、こちらはひたすら「悶々と耐える日々」を重く苦しく映し出す。

 そして、単純に「こういう世界は間違っている」とメッセージを発信するのではなく、「そもそも奴隷とは?」とか「同じ“人”を売買・所有することの不条理をどう考えるか?」と、問いかけ、思考を迫る。観る者ひとりひとりに「間違っているのは確かだが、では、なぜ間違っているのか」の答えをしっかり導き出してもらおう、という気概を感じるのだ。
 その点で印象的なショットが、2つある。

 まずはプラットことソロモンが吊るされる場面。誰も助けない。生き延びようとする彼だけが、ただただ捉えられる。
 ここでは「彼に関わると自分の身も危うい」という他の奴隷たちの保身、そうせざるを得ない主従関係の残酷さが見て取れるわけだが、さらにそれを超えて、より強く、奴隷についてのある驚嘆すべき事実が浮かび上がる。
 奴隷は、人ではなく、主人に隷属する存在ではなく、何か特別な注意を向けられる対象ですらなく、“そこにただあるモノ”、世界の(無機的な)構成物にすぎない。その現実の残虐。

 次に終盤、奴隷制に懐疑的な旅人バスに想いを託すものの、彼の行動や自分の未来を信じられず、かといってほかに何もできず、ともすれば思考が止まりそうな空気の中で、立ち尽くすソロモン。
 苦しみよりも濃く滲み出てくるのは、“もはやナニモノでもない”自分に対して抱く、彼の茫然と空虚。

 いやもちろん、別の感想を抱く人も多いだろうが、どちらも長回しが採用されているこの2ショットが“何か”を考えてもらおうとする狙いを孕んでいるのは確か。映画だけが持つ表現技法のパワーを感じる箇所でもある。
 これらの場面に限らず、説明を省き、分析を避け、語り過ぎず、ソロモンの内面へと必要以上に潜り込むこともなく、ただひたすらに状況だけを見せていく、という手法が貫かれる。

 かといって“ただ撮る”わけではない。画面から人がハミ出したり、モノを視認しにくいほどのクローズアップがあるなど、セオリーに頓着しない即興性の高い撮りかたを見せながら、と同時に、人の配置やサイズを細かく計算したような画面も潤沢に散りばめる。
 さらに、前後を飛ばしてバツっと行動だけを見せ、あるいは何もしない様子を見せ、そんなストレスフルかつ観る側に想像力を求めるカット/シーンを時制変幻自在な編集で紡いでいく。その強靭な作り

 時間経過を感じさせない点も印象的だ。季節感に乏しく、ソロモンの見た目にもさして変化はない。タイトルで「12年」と宣言しているとはいえずいぶんと杜撰だな、と感じたのだが、これも明らかに狙いだろう。
 ラストで観客は「そんなに長い期間、彼は囚われの身だったのか」と衝撃を受けることになる。だからこその時間経過割愛だったわけだ。

 汗は汗として捉えられ、背中の傷は生々しく、家や町並みや衣服は時代性に富む。その場で拾われた音とサウンドエフェクト、楽曲(かなり『インセプション』に近いが)とが混然一体となってソロモンの周囲を包んでいき、ねっとりと重く彼に纏わりついたり、ポンと突き放したりする。
 つまりは隅々までリアリティ豊かに、印象的にこの世界を作り出そうと、撮影、美術、衣装、音楽など各パーツが卓越の技を示して、演出プランを支えているのだ。

 演技陣も頼もしい。キウェテル・イジョフォーは「プラットと呼ばれるソロモン・ノーサップ」としての体臭をまとう。フォード役ベネディクト・カンバーバッチは安定感ある紳士の身のこなし。エップスのマイケル・ファスベンダーは口をモゴモゴ眼をキョドキョドで憑依の芸。ポール・ダノ、ポール・ジアマッティ、ギャレット・ディラハントらはそれぞれ小悪党ぶりを存分に発揮する。

 オスカー受賞のルピタ・ニョンゴは、さすがの迫真。いやもう嬲られているようにしか見えない。
 さあ出ましたっ、という浮いた雰囲気のあるブラッド・ピットだが、評価もしたい。本作で唯一、説教クサくてメッセージ色のあるセリフを吐くのが彼の演じるバス。ある意味、ひじょうに損な役なのだが、それを引き受けた男気のようなものを感じる。

 というわけで、さまざまな要素が高い次元で均衡を保ち、緻密かつ濃密な完成度へと至っている本作。前述の特徴的な2ショットをはじめ、映画ならではの“力”を十二分に体感できる仕上がりといえる。
 かつて、真にエポックだった『アバター』が、けれど作品賞は『ハート・ロッカー』に譲った。そして今回、やはり圧倒的なまでの革新作『ゼロ・グラビティ』を差し置いて、奇しくも『ハート・ロッカー』と同じ“とにかくとっぷりと状況を見せ、その向こうに人の本質を浮かび上がらせる”という方法論でまとめられた本作が作品賞を受賞。
 映画人としてどちらに関わりたかったか。そんな想いがアカデミーの中にあることを感じさせる。

 さて「そもそも奴隷とは?」「同じ“人”を売買・所有することの不条理をどう考えるか?」について、自分なりの答えを出さなくてはなるまい。
 例の2ショットから考えたのは、奴隷制は“非人道的”などという生易しいものではないということ。人の道に非ず、と否定する形で比較対照することすら間違いの、ありうべからざるもの。
 そしてそれは、システムというより価値観。エップスはもちろん優しきフォードもまた、理性を侵食する病ともいえる“ありうべからざる価値観”に毒されているわけで、求められるのはシステムの破壊ではなく、システムの中で柔和に振る舞うことでもなく、価値観そのものの完全なる遺棄だろう。

 ソロモンの去り際にエップスが叫ぶのも、所有物の喪失を嫌ってのものではなく、己が価値観の崩壊するその兆候を感じたゆえのことであるはず。
 実はエップスの中にも“ありうべからざる価値観”という自覚が薄っすらとあって、そこに身を浸していたことを思い知らされる恐怖が、あのように卑しくて見境のない叫びを呼んだのではないか。
 だとすれば逆に、まだ救いがあると思うのだが。忌むべきは“ありうべからざる価値観”の存在を感知も理解もしない輩である。

●主なスタッフ
脚本/ジョン・リドリー『Uターン』
撮影/ショーン・ボビット『アンフォーギヴン 記憶の扉』
編集/ジョー・ウォーカー
美術/アダム・ストックハウゼン『マーゴット・ウェディング』
衣装/パトリシア・ノリス『ジェシー・ジェームズの暗殺』
メイク/マ・カラーデヴィ・アナンダ『ラブリーボーン』
メイク/ニック・ロンドン『ウォール・ストリート』
ヘア/アドルイサ・リー『アーティスト』
ヘア/エイミー・ウッド『グリーン・ランタン』
音楽/ハンス・ジマー『ダークナイト ライジング』
音響/ライアン・コリンズ『インモータルズ-神々の戦い-』
音響/ロバート・ジャクソン『エクスペンダブルズ』
SFX/デイヴィッド・ナッシュ『RED/レッド』
VFX/ティム・レドー『イントゥ・ダークネス』
VFX/ドッティ・スターリング『アジャストメント』
スタント/スティーヴン・リッツィ『運命のボタン』
スタント/アンディ・ディラン『POC/生命の泉』
スタント/レックス・D・ゲディングス『オブリビオン』

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