アバウト・タイム~愛おしい時間について~
監督:リチャード・カーティス
出演:ドーナル・グリーソン/レイチェル・マクアダムス/ビル・ナイ/リディア・ウィルソン/リンゼイ・ダンカン/リチャード・コーデリー/ジョシュア・マクガイア/トム・ホランダー/マーゴット・ロビー/ウィル・メリック/ヴァネッサ・カービー/トム・ヒューズ/ミッチェル・ミューレン/リサ・エイコーン
30点満点中17点=監3/話2/出5/芸4/技3
【恋のために時間を跳ぶ】
海辺の田舎町、両親や妹キットカットと暮らす冴えない青年ティム。女性と上手く接することすらできない彼は、21歳の誕生日に父からある秘密を知らされる。「一族の男性は時間を旅する能力を持つ」。その力を使ってたびたび過去をやり直すのだが、なかなか上向かないティムの生活。ロンドンで弁護士として働き始めた彼は、やがて素敵な女性メアリーと出会い、なんとか恋愛関係へと持ち込むことに成功。幸せをつかんだかに思えたが……。
(2013年 イギリス)
【含まれるメッセージには大いに納得するものの】
自分だったら、当然のように金儲けへと走るだろうなぁ。レースを見届けて5分遡るだけで一攫千金だもん。そんな考えを「ロクなことがない」って喝破するパパの言葉は耳に痛いけど。
ま、特殊な力があろうとなかろうと、己の決断や行動が過去と現在と未来とを作り、そこに責任が伴うことには違いなどないわけで、結局のところ人生は“自分次第”ってこと。決断と行動のやり直しが可能なタイムトラベラーの場合、そりゃ多少はお気楽かも知れないけれど、いやむしろ人よりデキることが多いぶん「それでもどうにもならないこと」に直面したときの絶望感は大きいんじゃないだろうか。
力(圧倒的な力だ)の使いかたを誤ってしまうリスクも負うことになる。どんな行為がどんな状況につながるのか、因果の不確かな世界では、トライアル&エラーの末に取り返しのつかないループへと陥ってしまう怖れだってあるわけで。
ティムもまた、ジタバタ。行き当たりばったりのタイムトラベルと、予想を超えた影響。その、考えのなさ、効率の悪さ、引きの弱さは、観ている側が呆れるほどだ。かといって冴えたやりかたなんてあるわけもないし。
だから小市民は、一歩ずつを間違わぬよう注意深く進んでいくしかないんである。そのときそのとき、一瞬の幸せを噛みしめながらつつましく生きるほかないんである。雨の結婚式だって、考えようによっては、いい思い出。たとえタイムトラベル能力を持っていたって、享受できる特典なんて、せいぜい“素敵な一日”を何度か味わうくらい。それに満足すべし。
原題の『ABOUT TIME』も、そこに『愛おしい時間について』という邦題をつけたことにも納得。本作は、ティムが時間を、すなわち“いま”や“これまで積み上げてきた思い出”の大切さを愛おしむ様子を、ふんわりと、淡々と、軽快に描いていく映画である。
手持ち撮影のブレが目立ち、大仰さのない撮影は、その場感と、ティムと観客との近さを創出。思わず「自分なら」と考え、「おいおい」とツッコミを入れてしまう作り。軽やかさの中にどこか寂寥感も漂うのは、デジタル臭さのない、ややソフトな絵作りのせいか。
次第に深まっていくティムとメアリーの姿を音楽に乗せて見せるくだりのリズム感と楽しさは、さすがカーティス監督。ビミョーにイケていないメアリーの衣装、ツーショットの切り取りかた、トボケた味の中に真理を含ませたセリフなど、随所にセンスの良さを感じることができる。
出演陣も秀逸。
相変わらず可愛いレイチェル・マクアダムス。今回はメアリーという役柄にしっかりと“輝ける平凡”を魔力として与え、唇の動きなどにはナチュラルさもあって、演じているというよりなり切っている印象。
それを食ってしまいそうなのが、キットカットのリディア・ウィルソン。不安定な精神の発露としての明るさと、不安定だからこそ滲み出る特殊な魅力(男の中には危険信号が灯るんだけれど、吸い寄せられるんだよね)を、こちらも自然な表現で見せてくれる。
おじさん役リチャード・コーデリーは、ホントにこういう人だと思えるくらいの天然っぷり。ハリーを演じたトム・ホランダーはPOCのベケット卿とはまったく異なる雰囲気を醸し出し、上手い人なんだなぁと再確認。
と、素晴らしいパーツで素晴らしいメッセージを伝えてくれる映画。ではあるものの、じゃあ感情移入できるかといえば、そうでもない。
理由の第一はキャラクター設定に対する引っ掛かり。
ティムって勝ち組でリア充だよね。お屋敷に住んでいて、家族愛に恵まれていて。まぁそこまでは「本人が退屈に感じている暮らしだとしても、愛おしい時間の積み重ねでできている」という本作のテーマを語る要素として理解できるものの、弁護士で、実は女性関係もニギヤカでってなると、観る側の共感は得にくいんじゃないか(ヴィジュアル的・性格的にも、女性からの支持率は低そう)。前述の通り、行き当たりばったりなのも癪に障るし、頭がいいはずの人の行動としてはリアリティに欠ける。
メアリーは逆にリアリティがありすぎかも。ちょっと下世話だし、肉食だし。現代人女性の姿。そういう存在と築き上げていく幸せな時間こそが小市民のリアル、ということを考えれば本作の内容的にはOKなのだが、ラブロマンスのヒロインらしくはない。
だいたいさ、メアリーって、ちょっとしたスキに彼氏を作っちゃう女性なんだよね。まぁ、だからこそ“男と女のタイミング”=時間の難しさが浮かび上がるともいえるんだけれど。
そもそもこれって(男女間の)ラブロマンスじゃないんだな。つまり、観る側の期待と実際との、ベクトルの違いがある。
ラブロマンスに不可欠な“切なさ”は漂っているものの、切なさの向かう方向がメアリーではなく「ティムの中で育まれていく大切な時間」になっているのだ。メアリーはあくまで「ティムが大切に思う、さまざまなもののひとつ」という扱い。
要は、彼女の幸せではなく、自分の幸せのために、という方向。映画のポスターやDVDのパッケージとしては、ティム単身がふさわしいような内容だ。その狙いじたいは別に間違いじゃないし、トータルで見れば素晴らしいメッセージ性を湛える作品であることも確かなのだけれど、内省的で、ロマンチックじゃなくて、鑑賞前や前半の展開から期待していたものとはちょっと違うと感じた。
あとは、設定の描写のマズさ。能力について「未来には行けない。過去の自分に戻るだけ」と説明されれば、一方通行の人生やり直しだと僕らは受け取る。でも実は、過去のあるポイントをやり直した後、すぐ現在に帰ってきて結果を確かめることだってできるらしい。
序盤におけるそのあたりの描写が適確ではなく、また「他人も過去へ連れていける」という設定がすっかり後付けで登場することもあって、終盤の重要な展開が「あれれ?」という感じになってしまう。
それに、やはり行き当たりばったり&身勝手な人生やり直しより、自分ではコントロールできない設定(ケン・グリムウッド著『リプレイ』など)のほうが切なさの度合いとしては強烈だ。
繰り返し、やり直しの見せかたを工夫して、序盤から「単なるラブロマンスではなく、人生で過ごす時間そのものの大切さについて語る映画ですよ」という空気を前面に出していれば、ガツっと心に刺さる作品になったのに、と思うと、少しばかり残念。
そんなわけで、タイムトラベル・ラブロマンスとしての“切なさ”を存分に味わいたい向きには、同じくレイチェルがヒロインを務めた『きみがぼくを見つけた日』をオススメする次第。
●主なスタッフ
脚本/リチャード・カーティス『パイレーツ・ロック』
編集/マーク・デイ『ハリー・ポッターと死の秘宝』
美術/ジョン・ポール・ケリー『ブーリン家の姉妹』
衣装/ヴェリティ・ホークス『恋愛上手になるために』
ヘアメイク/リサ・ウォレナー『シャーロック・ホームズ』
ヘアメイク/クリスティン・ブランデル 同上
音響/ジェームズ・マザー『タイタンの戦い』
SFX/マーク・ホルト『シャドウゲーム』
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