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2016/04/30

レヴェナント:蘇えりし者

監督:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
出演:レオナルド・ディカプリオ/トム・ハーディ/ドーナル・グリーソン/ウィル・ポールター/フォレスト・グッドラック/グレイス・ドーヴ/ポール・アンダーソン/クリストッフェル・ヨーネル/ジョシュア・バーグ/ドウェイン・ハワード/メロウ・ネケーコ/アーサー・レッドクラウド/ロバート・モロニー/ルーカス・ハース/ブレンダン・フレッチャー/アンソニー・スターライト/チェスリー・ウィルソン

30点満点中20点=監4/話3/出4/芸4/技5

【あらすじ……ただ復讐のために】
 開拓期のアメリカ。毛皮の狩猟部隊がアリカラ族に急襲され、大勢が命を落とす。かろうじて生き残った者たちは砦を目指そうとするも、頼みの綱であるガイド役グラスが瀕死の重傷を負ってしまう。彼の最期を看取るため雪の山中に残ったのは、ネイティヴ・アメリカンの妻とグラスとの間に生まれた息子ホーク、若いブリジャー、そして報酬目当てのフィッツジェラルド。が、一刻も早く出立したいと考えたフィッツジェラルドの画策で……。
(2015年 アメリカ/香港/台湾/カナダ)

【内容について……ひたすら「状況下の行動」を描く】
 劇映画というより状況映画。このような状況・立場に置かれたグラスのような人間=サバイバルの知識を持ち復讐心に燃え目的を遂げるためには何も厭わない男が、どんなふうに行動するかをひたすら見せていく。

 内容・手法とも『エッセンシャル・キリング』に近いが、より生々しさが重視されている。「こんな場面を作ろう」「こんな展開にしよう」と理路整然と、あるいはエンターテインメント性を求めて構成したのではなく、「こんな状況下では、こうした出来事が起こるはず」という、現場に身を置いてはじめてわかることや、一種の思いつき(もちろん同様の経験をした人への取材に基づいているはず)で各シーンが作られているように感じる。
 マイケル・パンクによる原作小説は実話を基にしたものらしいから、現実に起こったこともかなり含まれているのだろう。

 劇映画ではない、と思わせるもう1つの理由が、大胆な省略。
 原作でどの程度の分量が割かれているのかは不明だが、グラスと妻との関係や、彼女が惨殺された事件の詳細、当時のグラスの喪失感、そしてホークを「俺には息子しかいない」と思い至るようになった経緯などは回想と心象風景に任せて、それ以上へと踏み込まない。

 ただ、「息子がすべて」という父の想いは人として根源的なものであり、いちいち説明したり時間をかけて描写しなくともいい、とも言える。それは同様に、ひたすら生き延びたいと願う本能、金への欲望、正義、後悔と自責の念……といった、各登場人物たちのモチベーションにも当てはまる。

 ただし、どんなモチベーションで行動しようが、どんな理由で生にしがみつこうが、結局のところ、その到達地点は“やっていたことの終わり”でしかないと本作は告げる。たいていの劇映画では「やったね!」という大団円が“終わり”に用意されているものだが、状況描写に力を注ぐこの作品の場合、“終わり”はただの“終わり”。安堵とか虚無感といった心情、あるいは死が、物語の結末というより“状況の終わり”として、絶対的な事実として、ドスンと迫ってくるのだ。

 普通ならラストで、グラスとアリカラ族のチーフが言葉を交わしたり思わせぶりな視線のやり取りをしたりするはず。それすらない。だってもうふたりは“終わり”を迎えているのだから。

 そして「ある状況下で人が見せる行動」が凄絶であればあるほど、行動に注ぎ込んだ熱量と“終わり”を迎えた後の「もう何もない感」、その落差が際立つ。人の体内でのエントロピー。
 ならば人の行動の凄絶さこそを愛おしもう、映画として残そう、というスタンスで撮られたのが、本作。そんな製作姿勢もまた、作り手たちが抱く生へのモチベーションなのかも知れない。

【作りについて……妥協のなさ、リアリティ、格の高さ】
 たぶんカット数は、一般的な映画の20分の1くらい。長回しに次ぐ長回し。けれど手抜きではないし平板にもなっていない。構図も人の動きもカメラワークも立体的。あり得ないくらい高い解像度に加え「レンズなんか、くもってもいいじゃん」という大胆さも見せる。おまけに全編が順撮りで、自然光のみで撮影されたらしい。
 そうして生み出されるのはリアルタイム性&その場感。観る者を現場に叩き込み、登場人物(主としてグラス)と一体化させる。長回しの意義とテクニックとを知るための、これは良質なテキスト。当然ながら撮影賞のオスカーを獲得していて、ルベツキの面目躍如たる仕上がりだ。

 音関係も、その場感の創出に寄与する。風、炎、踏みしめられる雪、川の流れ、正体不明の響きまでもが拾われてスクリーンを包み、音楽は深く静かに、あるいはショッキングに場面を揺さぶって、のっぴきならない空気を醸し出す。ロケーションも素晴らしく、引きでも寄りでもダイナミックだ。
 矢が飛び交い馬が駆け、高所から落ちたり血が散ったり指が飛んだり、惜しげもなく痛々しいアクションが展開する。VFXとSFXとスタントの頑張りも見事。

 こういうシーンが欲しい、というアイディアを自分の中に沸き上がらせ、それらを実現するために各スタッフへ適確な指示を出して十分な仕事をしてもらう、クリエーターかつ現場責任者としての監督の力量が確かに伝わってくる作りで、イニャリトゥの2年連続オスカーにも納得だ。

 オスカーといえば、悲願の獲得となったレオ様。「あんまり喋らなきゃ獲れたんじゃん」っていうのは禁句。というか誤った評価。悶々とした表情や苦しげな喘ぎ声だけでなく、通常のセリフでも喉から絞り出す微妙にくぐもったニュアンスがグラスという男に深みを与えていて、秀逸。
 フィッツジェラルドを務め上げたトム・ハーディも、ことさらエキセントリックに演じるのではなく、やや抑え気味に、極限下での身勝手さと冷酷さと浅はかさを上手に滲み出させている。
 恐らくは本当にネイティブの血を引く人たちを起用していることも含め、適材適所といえるキャスティングだろう。

 登場人物たちの血色がよすぎたり、服や顔があまり汚れていないようにも感じるけれど、「北米の雪山を彷徨う白人は、実はこんなもんです」と言われれば仕方ない(実際に生肉を食するなど徹底したリアリズム追求で撮られているらしいし)。
 全体として、妥協のなさ、リアリティ、格の高さを感じる作りである。

●主なスタッフ
脚本/アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
撮影/エマニュエル・ルベツキ
編集/スティーヴン・ミリオン
音響/マルティン・エルナンデス
 以上『バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』
脚本/マーク・L・スミス『モーテル』
美術/ジャック・フィスク『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』
衣装/ジャクリーン・ウェスト『アルゴ』
ヘアメイク/グラハム・ジョンストン『アンノウン』
ヘアメイク/ロバート・A・パンディーニ『パーシー・ジャクソン』
ヘアメイク/ミシェル・ヴィットン『エージェント・マロリー』
SFXメイク/エイドリアン・モロー『インモータルズ』
音楽/坂本龍一『王立宇宙軍 オネアミスの翼』
SFX/キャメロン・ウォルバウアー『エリジウム』
VFX/リッチ・マクブライド『ゼロ・グラビティ』
スタント/スコット・J・アテア『THE GREY 凍える太陽』
スタント/ダグ・コールマン『メン・イン・ブラック3』
スタント/マーク・ヴァンセロー『96時間/リベンジ』
格闘/アダム・ハート『アメリカン・スナイパー』

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