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2016/09/17

君の名は。

監督:新海誠
声の出演:神木隆之介/上白石萌音/長澤まさみ/市原悦子/成田凌/悠木碧/島崎信長/石川界人/谷花音/てらそままさき/井上和彦/大原さやか/花澤香菜

30点満点中20点=監4/話4/出5/芸4/技3

【あらすじ……入れ替わった彼と彼女】
 東京に暮らす高校生の立花瀧と、飛騨に住む女子高生の宮水三葉は、なぜか不定期的に「目覚めてから眠るまで体が入れ替わる」という不思議な日々を過ごすことになる。周囲に悟られぬよう、入れ替わっている間も瀧あるいは三葉として行動し、相手に宛てて1日の出来事を日記に残すふたり。が、ある時を境に入れ替わりは途絶える。どうしても三葉に逢いたいと考えた瀧は飛騨へと赴くのだが、そこで信じられない事実と直面するのだった。
(2016年 日本 アニメ)

★★★ネタバレを含みます。まず観に行け!★★★

【内容について……君の名前(と、おっぱい)を憶えている】
 女性の皆さんには、ついつい三葉のおっぱいに手を添える(っていうかガッツリ触ってにぎって上下させているか)瀧くんを、どうか責めないでいただきたい。女の子の身体に入ってしまった男は、例外なく間違いなく堪えることなく、ああしますから。ガッツリ触ってにぎって上下させますから。それが性(さが)ですから。

 宇宙と大地が光でつながれ、東京と飛騨の間を、beforeとafterを想いが飛び越える。時空を超えた“結びつき”は、新海映画に共通するテーマだ。さらに本作ではご丁寧に、髪、リボン、組紐によって“結び”を印象づけ、その意味合いはセリフでも説明される。ストーリー的にも真っ向から“結びつき”を描いていて、この監督の集大成的な作品といえる。

 集大成と感じる点が、もうひとつ。
 ラブ・ストーリーの本質は切なさにアリ、というのが当ブログのスタンスだ。本作でも「好きになっていく相手のことを目覚めれば少しずつ忘れてしまう」という設定および中盤で明かされるある事実によって、それは一定以上のレベルでクリアしている。
 けれど、では、エンディングはどうか。
「無償の愛と救済、その代償としての忘却」という無情(または無上)の展開が、ラブ・ストーリーを神の領域へと押し上げる可能性については『WALL・E』の感想で言及した。
 ましてや本作では「かくりよ」から出るためには大切なものを引き換えにしなければならないと告げられている。大切なものとは、自分の分身=かたわれだ。そして瀧と三葉にとってのかたわれとは「彼・彼女」または「彼・彼女として過ごした記憶」に他ならない。
 ならば、それを完全に失ってしまうことこそ本作にふさわしい“結”ではなかったか。

 ただしこの監督の過去作では、どちらかといえば、心の結びつきの不完全さ・不安定さ、喪失、失ったものは取り戻せないという絶対的真実……、つまりはまさしく切なさが前面に描かれていた。
 ところが今回は、「取り戻す」という希望の道、ルールも歴史もわからずやの父親も愛でねじ伏せて心の結びつきが(社会的・個人的な)大勝利を収める方向へと進む。
 過去作の反動なのか反省なのか脱却なのか。あるいはそもそも作り手の中に「心のつながりの結末は、ちょっとしたことでどんなところにでも転がっていく」という価値観があって、これまではたまたまAだったけれど今回はBで、ということなのか(パンフレットによれば、過去作のエンディングが必ずしも作り手の意図通り受け取ってもらえていない、ならば……という思いがあったようだ)。
 いずれにせよともかくも、過去の新海映画があったればこその舵取りであることは間違いないようだ。

 そして、希望へと“結びつく”入口として用意されるのが、名前だ。
 記憶はどうしても(本作のような特殊設定下でなくとも)薄れていく。思い出の品や写真もいずれは焼け、流され、朽ちる。けれど誰しもがひとつずつ与えられた名前という容れ物の中に、記憶や思い出を“つなぎ”止めることはできるかも知れない。
 数々の震災や台風の後で犠牲者の名簿が作られた(本作が3・11の影響を受けていることは確かだろう)。その「リスト」は、第三者からすれば記号の羅列に過ぎない。だが、親しかった者の名を見つけて「その人が確かに生きていたことの記憶・思い出」をなんとか蘇らせたとき、名前を通じて時空を超えた心の“結びつき”が生まれる。

 尋常ならざる「ふたりでひとり」という入れ替わりの時間を過ごし、いったんは大仕事をやり遂げた彼と彼女ならばあるいは、失った“結びつき”を取り戻せるかも知れない。何しろふたりの“結びつき”は3年も前に秘かに作られていた(三葉が投げたリボンを瀧がつかむ場面の鮮やかさ!)のだ。
 入れ替わりは宮水の巫女が1000年にも渡って受け継いできた、いわば神の差配。神のおかげで歴史改変は達成される。けれど挿入歌は宣言する。「運命だとか未来とかって言葉がどれだけ手を伸ばそうとも届かない場所で僕ら恋をする」と。
 そして瀧は“かたわれ(口噛み酒)”を取り込み、疑似的に「自分の中にいる三葉」を作り出す。躊躇なく神に捧げられたものを横取りする暴挙。その愚かさが、ルールを超え摂理を変えるかも知れない。
 たとえ相手の名前を、その中に“つなぎ”止められた記憶を失ったとしても、「名前を追い求める」ことだけは愚直に忘れないでいられるかも知れない。
 そんな希望のこめられた、愛おしき“人の愚かさ”の物語

 だから、責めないでいただきたい。「あいつに悪いよな」と躊躇いつつも胸に手を伸ばす瀧を。終盤、久々に三葉の身体を手に入れて涙ながらにおっぱいをつかむ瀧を。その温もりと柔らかさと罪悪感こそ、三葉に関する記憶そのものであり、彼女と“つながっている”証。バカな行為の中にも“結びつき”を見出してしまう、人の愚かさほど愛おしいものはない。思わず吹き出してしまったけれど、ここ実は泣くところなのである。

【作りについて……ディテール、声の芝居、展開の妙】
 美麗な背景は新海映画の魅力。見覚えのある場所、またはどこかにありそうな風景がクッキリと、でも作品の世界観を壊さない程度の柔らかさで再現される。聖地巡礼に向かう者が続出することに納得のクォリティ。とりわけ三葉in瀧の初回登校時、玄関ドアの先に広がる世界は「田舎暮らしの女の子が初めて生で接する東京の景色」としての説得力に富む。
 加えて今作では半月や陰陽などが各所に散らされ、ふたつでひとつ、かたわれといったテーマが美術面でも印象づけられている。

 背景だけでなく、動画もディテールを重視。髪を結ぶ仕草や声をかけられた際の反応は細かな動きまでナチュラルに描かれ、壁に貼られたメモをはがし取れば隣の紙がかすかに揺れ、ゲンノウで釘を打てば材木はへこむ。巫女の舞も流麗だ。
 三葉のキャラクターデザインが、萌えに寄らず、昭和を思わせる清楚さと現代的な活発さを両立させ、男女の区別なく愛される王道的ヒロインの佇まいを見せる点も素晴らしい(言い方を変えれば好みのタイプ)。

 音にもこだわっていて、小さな息遣いや風に洗われる草のざわめき、虫の声などが丁寧に拾われ、その生々しさが、こちらの世界と作品内との地続き感を上昇させる。RADWIMPSの音楽は、ややもすると歌詞の聴き取り・読み取りに労力を割かれるきらいはあるものの、野田洋次郎のソフトな歌声は画面によく馴染んでいる。

 VCとしての神木くんは作品を経るごとに上手くなっているのが実感できて、ここでは「ちょっと女の子っぽい発声」が実に可愛い。上白石萌音の凛とした、でも不満や戸惑いや楽しさがミックスされたこの年代の“青さ”も瑞々しく表現する声と演技も上質だ。
 長澤まさみと市原悦子はクレジットを見ても「?」となったほどで、つまりは作品とキャラクターに合致した声質と芝居だったということ。谷花音ちゃんも同様で、もうシンプルに上手いと思う。

 内省的なナレーションをベースに進むのは新海作品の常套手段だが、本作は独白だけに頼らず、前述の動画の細やかさ、閉められる引き戸ほかキャッチ的なカットを挿入しながらスピーディに場面をつなぐ編集、時制の組み替えと大胆な構成と手際のいい省略……などによって、ほのぼの系の前半から怒涛の後半までダイナミックに物語を展開させている。
 また昨今ではスマホの存在が、ストーリーやシーンの組み立てに大きな影響を与えること(そしてリアリティを生むこと)もよく理解できる。

 印象深かったのは、観る者の期待をほんの少し外す(上回る)「!」を多数突きつけてきたところだ。ただ縫われるだけではないスカート、いきなりバッサリと切られる髪、例の「泣きながら胸タッチ」、手のひらに書かれた言葉……。「こうだろう」という無意識下の予想を何度も優しく裏切ってくれる。誰の人生も誰かの期待通りではない、という事実は、人の生のおかしみであり、いつくしむべき真理。そんな主張がひっそりあふれている点が、この映画の愛される所以なのだろうと思う。

 それと、リピート鑑賞を強くオススメしたい。二度見れば、オープニングで瀧と三葉が抱いている想いをより深く感じ取れるはず。
 東京の場面では見上げるアングルが、糸守では見下ろすアングルが多用されていて、双方の地のイメージ統一に寄与。ラストの再会も「見上げる瀧、見下ろす三葉」だ。そして階段ですれ違って位置取りは入れ替わる。相手のポジションを自分の中に取り込むことで、ふたりは“かたわれ”を取り戻すのだ。これも二度目の鑑賞で気づいた点である。

 追記として。
 起きたら涙が流れる。ロシュ限界。星野之宣を髣髴とさせるパーツがあって、たぶんインスパイアされているんだろうな、と感じる次第。
 うちのR子は、ラストの舞台=須賀神社の階段の下が出生地らしい。

●主なスタッフ
脚本・編集/新海誠『秒速5センチメートル』
キャラクターデザイン/田中将賀『心が叫びたがってるんだ。』
作画監督/安藤雅司『パプリカ』
美術/丹治匠
美術/馬島亮子
美術/渡邉丞 以上『星を追う子ども』
音楽/RADWIMPS
音響/山田陽『シン・ゴジラ』
音響効果/森川永子
CG/竹内良貴 以上『言の葉の庭』

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