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2017/09/20

怪物はささやく

監督:J・A・バヨナ
出演:ルイス・マクドゥーガル/フェリシティ・ジョーンズ/トビー・ケベル/ベン・ムーア/ジェームス・メルヴィル/ジェニファー・リム/ジェラルディン・チャップリン/シガーニー・ウィーヴァー/リーアム・ニーソン(声の出演)

30点満点中17点=監3/話2/出4/芸4/技4

【あらすじ……僕が語らなければならない真実】
 中学生のコナー。難病を抱える母には死期が間近に迫っている。母と離婚した父には新しい家族ができたようだ。心配してたびたびやってくる祖母は口やかましい。そして学校ではイジメのターゲット。寂しい日々を送る彼の前に、毎夜12時07分、大木の姿をした怪物が現われるようになる。「これから3つの物語を話す。4つ目の物語はお前が話せ。お前の真実を」。そういって怪物は、コナーには理解しがたいストーリーを語り始める。
(2016年 イギリス/スペイン/アメリカ)

【内容について……自分と向き合う、ということ】
 近しい人や愛する人の死にあたって、僕らが向き合わなければならないのは、その“死”だけではない。“死と直面する自分自身”とも対峙する必要に迫られるわけだ。

 で、そんな「身近な人の死に直面した自分自身を見つめること」を強いてくる怪物の正体は、といえば、母親からコナーへと注がれた“想い”ということになるのだろう。
 その想いは、苦しくて切なくて、そして優しい。「人は誰でも死ぬ」という絶対的な真実や、その真実を知ったときにはたいてい手遅れだという身もフタもない事実、そしてそれでも生きている人は生き続けなきゃいけないという現実を教えるとともに、そういった悲しみを乗り越えるためのキッカケをも与えてくれる。

 ひょっとすると、喪失感や自己への卑下を、なんとか心の中に押しとどめたままこの先も生き続けるためには、苦しさと切なさをグリグリと突きつけてくる怪物と、どうしたって対決しなくちゃいけないのかも知れない。

 と、豊かなメッセージ性や教訓を含むファンタジーとしてよく出来ているのは確かだけれど、すでに『パンズ・ラビリンス』『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』『かいじゅうたちのいるところ』などを観た身なので、評価としては「そこそこいい」程度にとどまってしまう。

【作りについて……イメージ通りの仕上がり】
 きめ細やかな撮影(オスカル・ファウラ)や美術(エウヘニオ・カバイェーロ)、重厚に各場面を彩る音楽(フェルナンド・ベラスケス)などは、監督の過去作『永遠のこどもたち』や『インポッシブル』と共通のスタッフ。それだけに手堅く、監督の抱くイメージを忠実にフィルムへと昇華していることが感じられる。

 アニメーション・パートが極上。絵本的・水彩画的・影絵的なキャラクターたちが命あるもののごとく動く。この絵本があれば、ぜひ欲しい。

 主演のルイス・マクドゥーガル君は、与えられた役を懸命に演じ切る。祖母のシガーニー・ウィーヴァーも生真面目に好演している。
 母親役フェリシティ・ジョーンズは、デス・スターの中で銃をブっ放していたのと同一人物とは思えぬほどの弱りよう。このあたりはスペシャルメイク(ルト・フルガド)や、ヘアメイク(『サッチャー 鉄の女の涙』のマリーズ・ランガン)の貢献度も大きい。

 リーアム・ニーソンが怪物の声およびモーション・キャプチャーを担当。怪物に一定の重みや凄み、ただ恐怖だけではなく畏敬を抱かせる奥深さなどを付与しているのは確かだ。が、どうしても彼が過去に演じた類型のキャラクター、クワイ=ガン・ジンラーズ・アル・グールアスランゼウスといった“導く者”が後ろにチラついてしまうのが難。

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