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2017/11/11

ディストピア パンドラの少女

監督:コーム・マッカーシー
出演:セニア・ナニュア/ジェマ・アータートン/パディ・コンシダイン/フィサヨ・アキナデ/ドミニク・ティッパー/アナマリア・マリンカ/アンソニー・ウェルシュ/グレン・クローズ

30点満点中19点=監3/話4/出4/芸4/技4

【あらすじ……その少女の役割とは】
 パンデミックが発生。人類の多くが脳を菌に蝕まれ、生き物の肉だけを欲する“ハングリーズ”と化す。軍の基地内ではパークス軍曹やコールドウェル博士、教師のジャスティノーらがある研究を進めていた。感染しながらも何故か思考力を失っていない子どもたちから、ワクチンを作れないか? だがその基地もハングリーズに襲われて壊滅。彼らは子どものひとりメラニーとともに、本部のあるロンドンへと向かう決死行に挑むのだった。
(2016年 イギリス/アメリカ)

★★★ネタバレを含みます★★★

【内容について……セカイ系ゾンビ映画】
 かつて「襲われる恐怖、追い詰められる恐怖、自分もゾンビ化してしまう恐怖、愛する人がゾンビ化する恐怖、誰が敵なのかわからない恐怖、極限状態に置かれることで信頼関係が破綻する恐怖……などを描くべし」と“ゾンビ映画のルール”を提唱したのだけれど、もう今は昔の話。

 初期のゾンビ映画では確かに、パーソナルな、または小さなコミュニティを舞台とした局地的状況と恐怖が主として描かれていた。が、いつしかグローバルかつ全人類的なゾンビ対応策が取り上げられるようになった。
 ゾンビ描写も走ったり飛んだり身体能力が強化されたりとバリエーションを増やし、『デイ・オブ・ザ・デッド』では知性を、『ゾンビーノ』では感情がゾンビたちに与えられて、『ウォーム・ボディーズ』ではついに人類とゾンビのラブロマンスにも挑戦。
 はじめは“ホラーの1カテゴリー”だったゾンビがコメディの空気をまとい、あるいは人間論・文明論・社会論(このあたりは初期のゾンビものにも内包されていたけど)を掘り下げて、いまや“映画の1カテゴリー”に。
 この50年間(とりわけ2002年からの15年間)で、ずいぶんとゾンビ映画も色合いを変えたもんだ。

 本作もそうした変化・進化の過程にある作品。人間がハングリーズ化する病理学的システム(ハリガネムシかよっ!)、ゾンビの知性化変貌、それにともなう言語や感情を介したゾンビとのコミュニケーション……といったユニークな要素(過去に提示されたアイディアのブラッシュアップやアレンジにすぎない、完全なる新機軸とまではいえない、とも考えられるが)が埋め込まれている。

 その中でも「未来の選択権をゾンビ側に、しかもひとりの少女に与えた」という点が本作最大のポイントか。
 つまりは、なんと、ゾンビ映画は“セカイ系”へと至ったわけだ。
 メラニーの選択は、やむを得ないとも、少女らしい刹那的な行為とも考えられるわけだが、いずれにせよ「一発で状況をリセットできる方法が用意され、実際にそれが行使されること」は、なかなかに衝撃的だ。

 そして、彼女の選択によってもたらされた結果と、彼女らの行く末、それらが意味するものもまた、かなり興味深い。

 自然史的/生物史的な観点でいえば、たとえばホモ・サピエンスの登場によってネアンデルタール人が滅びたように、進化と淘汰を経た生物が現在の地球で主流を占めている事実が物語るように、本作で描かれている出来事は当然の成り行きなのかも知れない。
 それに現代は、誰もが他者(多くは弱者)を食らって生き延びる、いわば精神的・社会的カニバリズムが蔓延している。その構成主体が僕ら人類からゾンビに置き換わったところで、なんの違いがあるだろう。
 ただし、弱者を食らう社会なんてやっぱり間違っていて、それを正す方策も必要だ。

 そうした“知”と、自分と同種の者たちだけでなく旧人類(というかジャスティノー先生)も守りたいという“感情”に基づいて、メラニーは決断し選択した。
 序盤の非人道的な授業シーンに比べてラストは実に微笑ましく、これはもう世界中どこにでもある光景。だからこそ「当然の成り行き」と感じる。でも同時に「以前と大きな違いはないけれど、未来への希望には満ちている」という印象も強くなる。

 これは新世代のゾンビが主役の、新世代のゾンビ映画である。

 追記として。
 星野之宣著『2001夜物語』内「共生惑星」を想起させる内容。『インターステラー』もそうだったけれど、星野之宣って尖ってるのだなぁと、あらためて実感。

 ここまで来たら今後どんな方向でゾンビ映画は撮られることになるだろうと考えていて思いついたこと。
 日本でゾンビ化現象が発生し、政府の対応が遅れて被害拡大&パニック増大。「死者に人権はあるか?」という国を二分する論争の中で自衛隊が駆除のため出動。そうした状況をリアリティたっぷりに描く『シン・ゾンビ』なんてどうだろう。さすがに怒られるか。

 この感想をまとめている最中に飛び込んできたジョージ・A・ロメロの訃報。こんなにイロイロと遊べる壮大な“ネタ”を人間社会に投下してくれたことには、感謝しかない。どうか安らかに。

【作りについて……ふたりの女優とサントラ】
 メラニーを演じたセニア・ナニュアが、可憐ではないが“いい子”で、けれど何か大きな狂気(または凶気)も持ち、そして瑞々しい。彼女の存在感が本作の大きな魅力のひとつ。

 あとはジェマ・アータートン。『慰めの報酬』ではいかにもキャリア・ウーマンっぽく、『タイタンの戦い』では神話の世界の美女を務めあげ、『プリンス・オブ・ペルシャ』ではツンデレ王女。『アリス・クリードの失踪』は鮮烈だったけれど、それでも「何度観ても顔と名前が一致しない」のは相変わらず。
 好みのタイプなのに印象に残りにくいのは、それだけ役柄にハマりまくって“素のジェマ”を見せないせいだろう。本作でも「誰だっけ?」状態。ただ、たっぷりとした体型と柔らかなインテリジェンスで、教師っぽさと母性を発散させている。今回こそ記憶に刻みつけよう(たぶん無理)。

 監督は『SHERLOCK』などに携わった人で、スタッフは全体にアシスタント級。基地襲撃シーンや荒廃したロンドンの俯瞰など画面作りで頑張っている場面も多いが、小ぢんまりとしたTVサイズの仕上がりだ。そのぶん作品内の出来事が近く感じられるので、これで正解か。美術と編集のおかげで全編に漂う荒廃と終末の空気感も素晴らしい。

 音楽はカナダで活躍するクリストバル・タピア・デ・ヴィーア。エレクトロ・ダンス・ミュージークやPOPSでキャリアを積んだ後、サウンドトラックでも急速に注目度を上げている人物らしい。咆哮や呪詛を思わせる音楽が脳髄に突き刺さる。

●ゾンビ関連映画(年代順)
ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド(1968)
ゾンビ/ディレクターズカット完全版(1978)
28日後...(2002)
『バイオハザード』シリーズ(2002~)
アンデッド(2003)
ハウス・オブ・ザ・デッド(2003)
ショーン・オブ・ザ・デッド(2004)
ドーン・オブ・ザ・デッド(2004)
DOOM(2005)
ランド・オブ・ザ・デッド(2005)
ゾンビーノ(2006)
28週後...(2007)
プラネット・テラー in グラインドハウス(2007)
アイ・アム・レジェンド(2007)
ダイアリー・オブ・ザ・デッド(2008)
デイ・オブ・ザ・デッド(2008)
サバイバル・オブ・ザ・デッド(2009)
ゾンビランド(2009)
クレイジーズ(2010)
夜明けのゾンビ(2011)
ゾンビ革命 -フアン・オブ・ザ・デッド-(2011)
ロンドンゾンビ紀行(2012)
ウォーム・ボディーズ(2013)
ワールド・ウォーZ(2013)
ディストピア パンドラの少女(2016)
新感染 ファイナル・エクスプレス(2016)
東京喰種 トーキョーグール(2017)

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