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2018/09/19

王立宇宙軍 オネアミスの翼

監督:山賀博之
声の出演:森本レオ/弥生みつき/村田彩/曽我部和恭/平野正人/鈴置洋孝/伊沢弘/戸谷公次/安原義人/島田敏/安西正弘/内田稔/飯塚昭三/大塚周夫/及川ヒロオ/槐柳二/納谷悟朗/徳光和夫

30点満点中18点=監4/話4/出3/芸4/技3

【星の世界を目指す人たち】
 役に立たないことで知られるオネアミス宇宙軍。将軍は有人衛星の打上げに意欲満々だが、兵士たちは組織存続を危ぶみながらも楽して飯を食える生活に安穏としていた。そのひとり、シロツグは神の意思を説く少女リイクニと町で遭遇。彼女の気を引くため宇宙飛行士に立候補したシロツグを中心に、無謀な打上げ計画が進んでいく。次第に仕事へとのめり込む宇宙軍だったが、王国上層部の思惑が絡むこととなり……。
(1987年 日本 アニメ)

【いま観る価値を思う】
 リップシンクを考えない作画など絵がスッキリしていないところや彩色のアラといったイケテない面も観られるが、全体の仕上がりとしては良質だ。

 メカやガジェット類、背景美術などで無国籍感を上手に醸し出し、そうして作られた世界を大きく広く捉える。
 ワンピースの上から腰紐を巻く場面など細かい所作に気を配ってキャラクターを動かし、人の移動に従って光線の加減も変化するなど、しっかりと“見せかた”が設計されていると感じる。アニメ的なレイアウト+洋画的なシーン展開&構成というハイブリッドも面白い。

 夜の街のノイズまで拾い上げて臨場感は豊か。音楽は電子的過ぎて作品世界との乖離も覚えるものの、土着的なメロディ&リズムと未来との融合を狙ったものと考えれば納得はゆく。
 森本レオの主役としての起用も、違和感があるといえばあるのだが、そのナレーション・スキルでラストに説得力を与えようとしたものと捉えれば、こちらも間違った選択ではないだろう。

 その、ラスト。初見時には宗教色を強く感じたのだが、3・11以後のいま観るとまったく異なるテーマが浮かび上がってくる。
 人が天のかまどを開けたときに約束された裁きの日。
 適当な折り合いが世の中をこんな風にした。
 そうしたセリフや、政治に利用される先端テクノロジーのありようは確かに宗教的観念を帯びてはいるものの、「科学とは何か」を考えさせるものであり、原子力行政をめぐる現在の我が国の姿ともダブって見える。

 果たして科学の発展は本当に人の世の幸福に寄与するものなのか。その渦中に立たされ、いまだ進むべき方向に迷うシロツグを見つめるマナの視線が印象的だ。「お前たちはいったい何をしているのか」と無言のままで責めたてる。
 実はリイクニも、神の声を説きながら、こうした大命題に向き合ってはいない。“あの夜”をなかったことにしようとする彼女の振る舞いは、人の愚かさに目をつぶる行為であるともいえ、それはリイクニが掲げる主義主張とは反するものであるはず。この娘もまた迷いの中にいる。

 そうした小さな迷いをすべて受け止めて、人が進む道筋に対する不安を払拭すべく、すべての科学的チャレンジに携わる人間は責任感を持たなければならない。シロツグの放送は、そう語りかけているように思える。
 いかれジジイのパワー、夢、下心。どんなものが原動力になっていようとも、いったんその領域へ進むと決めたからには、その選択が間違ってはいなかったのだと証明しなければならない。そんな決意表明であり、自らへの戒めでもあると感じられるのだ。
 それは、人の驕りであると同時に、選択の正当性を立証できると信じる人たちに対する優しい祈りであり、救いでもあるだろう。

 シロツグの仲間たちのキャラクターや、肝心のシロツグの心情的変化・成長などが描写不足で、引っ掛かる点がないわけではないが、強力なメッセージを残し、時代や周辺環境によって作品の受け取りかたが変化するという事実も認識させてくれた一本である。

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